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言語学(主に日本語文法史)の論文を読みます

島田泰子(2018.3)副詞〈なんなら〉の新用法:なんなら論文一本書けるくらい違う

島田泰子(2018.3)「副詞〈なんなら〉の新用法:なんなら論文一本書けるくらい違う」『二松學舍大学論集』61

要点

  • タイトルまんま、現代における「なんなら」の新用法の発達に関して

従来の「なんなら」

日国に立項されるのは、以下の2種

(1)相手の意志・希望にかなうかどうかを、うかがう気持を表わす。もしよければ。都合によっては。

 *滑稽本東海道中膝栗毛〔1802〜09〕二・下「爰から廿四五町ばかしもあります。なんなら馬でも雇てあげましゃうか」

 *人情本春色梅児誉美〔1832〜33〕初・四齣「もふ来る気づけへはございやせん、なんなら私がおぶって上やう」

 *当世書生気質〔1885〜86〕〈坪内逍遙〉六「『ナアニ 是非ともといふ訳でもないが』『ナンナラ我輩につきあふべしだ』」

 *雁〔1911〜13〕〈森鴎外〉二二「なんなら玉子でも持ってまゐりませうか」

(2)相手の意志・希望にかなわないことを仮定する気持を表わす。お気に召さないなら。駄目でしたら。

 *滑稽本浮世風呂〔1809〜13〕四・中「大束(おおたば)がなんなら、此下に小束(こたば)もありやす」

 *吾輩は猫である〔1905〜06〕〈夏目漱石〉八「何なら、御都合のとき出直して伺ひませう」

  • BCCWJでは、
    • 申し出:なんなら~しようか
    • 提案:なんなら~したらどうだ
    • 依頼:なんなら~してくれ
    • 妥協点:なんなら~でもいい
    • 願望:なんなら~たい
  • すなわち、従来の用法は、
    • 差し支えなければ/あなたが何(=OK)なら
    • 可能ならば/状況的な前提が何(=許す)なら

新「なんなら」

  • 用例としては、
    • なんなら1週間ぐらいアナログゲームしかしてなくても大丈夫と思います
    • なんならむしろ、自分ではよく聞き取れたな、くらいに思ってたんで
    • もう12月っすね、なんなら7日も経っちゃってますがな
  • 従来の申し出・提案のような用法とは異なり、聞き手への意向がほとんど含意されない
    • なんなら、こうした用法に関するメタ的言及すらある(3節)
  • 新用法は、以下のパラフレーズの中で連続性を持つ
    • なお言えば、あえて言うなら
    • ややもすれば、ともすると
    • 下手すると、放っておくと

気になること

  • 聞き手配慮の制約→制約の解除された平叙文、というルートを想定しているが、近世後期にすでに次の例がある
    • おらアこれからあるいてゆかふ。なんならせう〳〵は銭を出しても、のるこたアいやだ(膝栗毛)
    • 小金『手を叩いて床を敷いて貰ひませうか。』彦三『なんなら今に持つて来るだらう。床急ぎのやうで格好が悪い。』(恋迺染分解)
    • △吉何をいふのじやヱ。早ふおりて来なされ△息なんなら、そちらから上つた方がはやからふ(落噺千里薮[1846])
    • ただし大枠はやはり申し出などの聞き手配慮が多い
    • 動詞終止形による申し出も早い段階で可能
    • 『増訂江戸言葉の研究』(p.102)にも言及あり
      • 「「なんなら」は、「都合次第で」「情勢によっては」などの意味に用いる。いずれも各一語の副詞と見ることが出来る。」
  • ぼかし的な「あれ」と隣接するか?
    • あ~もしあれならこっちでやっときますけど、みたいなやつ