矢田勉(2014.7)「近世・近代間における口頭語の表記体選択意識の変化」『国語文字史の研究』14
要点
- 平仮名・片仮名併存の問題に関して、傾向とその基盤となる表記意識の解明を目標として、特に、近世・近代における表記体選択のあり方を、「口頭語性」(≠口語体)の観点から、片仮名の選択史を中心に見ていく
- 室町は口頭語性の高いものに片仮名が用いられ、
- 近世にもこれが引き継がれるが、即場面性の高い書記に限定されるようになる
- 近代には口語体に平仮名、文語体に片仮名という転換が起こる
これまでの指摘として
- 完成期以降の平仮名と片仮名の使用傾向のあり方に関して、
- 使用集団の傾向差:仏家が片仮名好み、など
- 使用される文章内容の傾向差:平仮名は和歌・物語など情緒的、片仮名は辞書・注釈など客観的
- 表記体が担う伝達機能の傾向差:文学的内容の文章表記に用いられる平仮名と、音声言語の文字化に用いられる片仮名
- 表記機能の傾向差:表語化意識の強い平仮名と、表音性の強い片仮名
- 文字教育の段階或いは文字能力の段階の差:片仮名使用者と平仮名使用者の書字能力差
- 4点目は現代語のオノマトペや外来語に残るが、1~3点目は残らない
- 特に3点目がどのように衰退したかを見る
口頭語表記の選択に関して
- 単に抄物の例をもって「片仮名=口語」と見るべきではない(会話文や浄瑠璃、戯作など、平仮名表記の方がむしろ多い)
- 「表記体が担う伝達機能の傾向差」の口頭語性と関係するのは、音声言語の代替物として書記が作成される場合
- その書記行為に、発話行為の代替的機能を期待された書記資料:宣言の代替として用いられた柳生徳政碑文(石刻片仮名文資料)
- 現実の発話を記録・再現することを意図した書記資料:抄物
- 「講義の発話の再現を片仮名で書記」という抄物的なあり方は近世の講義録(山崎闇斎など)にも引き継がれるが、「口頭語的」であることの認識は即場面性を伴った口語的文体に限定されていく。その根拠としては、
- 片仮名表記が「サテ今日ヨリ申コトハ」「コンナ丸イモノヲ出シテ」といった即場面的表現に用いられること
- 平田篤胤の気吹舎の出版物では、篤胤「執筆」のものや、講義を基にした弟子の出版で文語に改変されているものには平仮名を用いるという変化があること
- 講述であっても即場面性を有さない場合に平仮名交じりの場合があること
- 近世末には口語的性質が強い再現であっても平仮名表記を取るものがあること
- 近代の講義録は完全に整形し直されたものと、速記などによる講義発話の文字化の2種
- 前者は、文章から口語性が排除されており、文体は文語体、表記は漢字片仮名交じり専用へと推移していく(近世は漢文・平仮名交じり・片仮名交じり併用)
- 後者は漢字片仮名交じり表記を採る
- 明治20年代以降、『文法学講義』(http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/864180)など、文語は漢字片仮名交じり、口語は漢字平仮名交じりを採るという、逆の方向への転換が起こる
- 口語の部分は講義の再現としての性質が強い
- ex.「諸君御覧なさい、愉快な大降りで俄に涼しくなりました」といった小芝居
- 口語の部分は講義の再現としての性質が強い
- 転換の要因としては、
- 講談速記本が先んじて平仮名交じり文を選択したこと
- 文芸的文章であったからか、もしくは平仮名交じり文が通常である読者を想定したか?
- 五箇条の御誓文以降、公的文章が片仮名交じり文を採ったこと
- 言文一致運動による「文章語的な口語文の使用」が、「発話の再現」というジャンルの住み分けを喪失させたこと
- 講談速記本が先んじて平仮名交じり文を選択したこと