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言語学(主に日本語文法史)の論文を読みます

佐々木隆(2012.3)二つの目的語をもつ上代語の構文:助詞「を」の機能

佐々木隆(2012.3)「二つの目的語をもつ上代語の構文:助詞「を」の機能」『人文』10

要点

  • 上代の「二重ヲ格」(に見える)構文についての分析
    • 上代の場合、2つの目的語のうち1つめだけがヲを伴う「二重目的語構文」と呼ぶべきもの

上代の二重目的語構文

  • 上代に見える二重ヲ格構文に近いものは、1つの他動詞が2つの目的語を持ちながら、1つ目(以下O1)のみにヲがつき、2つ目(O2)にはつかない、という形式の構文
  • この「O1ヲO2V」構文は以下の2種に大別される
    • Ⅰ O2がO1を言い換えたもの(目的語を細別する構文)
      • [O1短物]乎(みじかきものを)[O2端]伎流等(はしきると) 云へるが如く(=O1ノO2ヲV)
      • [O1佐保河]乎(さほかわを)[O2朝河]渡(あさかわわたり) 春日野を
    • Ⅱ O1とO2が別のもの
      • [O1阿布夜袁登売]袁(あふやをとめを)[O2美知]斗閉婆(みちとへば)
  • 詳しい諸例は(2007)「目的語を細説する上代語の構文:佐保河を朝河渡り」『国語国文』76-10、(2008)「「允恭記」歌謡の「臥やる臥やり も」:副詞句説は成り立つか」『人文』6
  • Ⅱに属しながら、目的語と他動詞が結合しているように見えるものがある
    • 「吾乎言将成(わをことなさむ)」は、もと「言を成す」だが、「言成す」で一語とも取れる
    • 「君乎言不問可聞(きみをこととはじかも)」も、もと「言を問う」だが、「言問う」で一語とも取れる
    • 現代でいうと、片付ける、紐解く、とざす、名付ける、気遣う、夢見る、など
    • 万葉集には他に、妻問ふ、標刺す・結ふ、目離る、矢作ぐ
    • これらの例は、なぜかⅠには見られない(理由はよく分からない)
  • 4,5節は類例と構文認定の問題

時代性とヲ

  • 資料と時代性について
    • これら構文は散文にも認められるが、数は少ない
    • また、万葉集の新しい時代の歌にも見えるが、古今集には見られない
  • 重要な目的語はO1ではなくO2
    • Ⅰ[O1嬢子]を[O2]問へば
    • Ⅱ[O1旅行く君]を[O2]振らずして
    • あくまでもO1は間接的な「に」で表現できるもので、直接作用が及ぶのはO2
  • では、なぜO1にヲがつきO2にはヲがつかないのか?
    • 格助詞ヲは対格で用いられるだけでなく「行為・作用が及ぶ対象をもっと広く大まかに示すことにも用いられていた」
      • 「迎へ行かむ」「長き春日かざせれど」「大宮仕へ奉れば」のような「に」相当のヲ
      • 「賢さかし女ありと聞かして」「くはし女ありと聞こし て」のような「のことを」「について」相当のヲ
    • このような古いヲ(古くは間投助詞由来)が残っていると見る
    • O2については、むしろ対格は無助詞なのが普通なので問題にならない