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言語学(主に日本語文法史)の論文を読みます

竹内史郎(2008.4)古代日本語の格助詞ヲの標示域とその変化

竹内史郎(2008.4)「古代日本語の格助詞ヲの標示域とその変化」『国語と国文学』85-4

問題

  • 現代語の格助詞ヲは他動詞文の目的語標示で、自動詞などの述語の唯一項を標示しない。すなわちヲは、
    • 少なくとも2つの補語が含まれる構文に現れる
    • 複数の補語のうち2番目に斜格性が低い文法関係を担うものを標示する
  • 上代語のヲがこの性質を備えるものがあるとする説と、この性質とは異なるヲがあるとする説がある
    • 前者は、「妹を憎くあらば」(21)のようなヲ+静的述語を時枝の対象語として捉え、ミ語法についてもヲの性質から逸脱しない範囲で分析する
      • 主節主語がミ語法の主語・経験者を兼ねるものと考え、「風をいたみ沖つ白波高からし…」(294)において「風をいた」く感じるのは「沖つ白波」であるとする
      • この分析は属性形容詞を二項述語と解するので、上代語ヲに現代語と同じ性質を認めるものになる
    • 後者は、ヲが非行為性の自動詞の主語も標示できるとする考え方で、現代語のヲと異質なヲを認める立場
  • 後者の立場から考えていく

唯一項標示のヲ

  • 項が一項しかない述語にヲが対応することがあることを示す
    • 自動詞にヲが対応する場合:道の後古波陀嬢子神の如聞えしかども相枕まく(記45)
    • 形容詞の場合:海山も隔たらなくになにしかも目言だにもここだ乏しき(689)
    • ミ語法:上例は「風がはげしいから沖では波が高いようだ」と自然に訳せるため、話し手が外界のあり方を述べた、通常の属性形容詞による理由節と異なるところがない
      • 「月夜良み…妹か待つらむ」(765)のようなミ節が確定的で話し手の判断の根拠を表す(妹が主語ではない)もの、「山を高みか…月の光乏しき」(290)のような因果が不確定なものなど、話し手が自身の視点を離れて非情物の立場で語っているものと取れないものが多い
      • また、属性形容詞が二項述語化するのが理由節にしか起こらないことの説明ができない

上代のヲとその後の展開

  • おもろそうしから古代琉球のヲを見ると、他動詞文の主語はガ、他動詞文の目的語はφ、自動詞文・形容詞文の項標示はφで行われる(このとき、φは積極的標識)
    • すなわち、自動詞文・形容詞文の一項述語の場合と他動詞文目的語が同一の格標示で、これは上代語と並行的な非対格性の現象
    • 類型論的に、格表示体系は他動詞文主語・目的語の対立が先行し、自動詞の項がどちらか(対格型ないし能格型)もしくは両方に従属(活格型)し、これは方言差・時代差を持つので、ごく自然な主張である
  • 以上より、上代のヲは非動作主標示(非動作格という特徴づけがふさわしい
  • これが中古以降対格性を強めていくのは、上代のヲが他動詞文目的語専用形式へと推移する過渡的状況であったことを示すもの
  • なぜ対格以外のヲが衰退したのか?という問題について、格助詞イとの関連性で考える
    • 格助詞イは他動詞文の主語ないし行為性の自動詞文の主語のみに限られ、動作格的特徴を持つ
      • 枚方ゆ笛吹き上る近江のや毛野の若子(倭倶吾伊)笛吹き上る(紀98)
    • 格助詞ヲや格助詞イは上代語の活格性を特徴づける形式として解釈でき、これが時期を同じくして衰退することは、中央方言の格標示体系が対格型を指向していく大きな変化の中で理解される

雑記