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言語学(主に日本語文法史)の論文を読みます

高山知明(2009.3)タ行ダ行破擦音化の音韻論的特質

高山知明(2009.3)「タ行ダ行破擦音化の音韻論的特質」『金沢大学国語国文』34

要点

  • 「四つ仮名合流の前段階」とされるタ行のチ・ツの破擦音化[ti]>[tʃi], [tu]>[tsu] *1について

問題点

  • おおむね16世紀以降まで、タ行はチ・ツも破裂音[ti][tu]であったが、それ以降に破擦音化した
  • 音韻体系に変化を及ぼした四つ仮名に比して注目されなかった変化だが、以下の2点において注目される
    • 二つの狭母音の前でほぼ同時に破擦音化している
    • 音韻体系内に新たに破擦音を生んだ
      • 例えば adventure は[tj]>[tʃ]だが、もともと音韻体系内に[tʃ](ex. church)があった

音声学的条件

  • チ・ツ・ヂ・ヅ、いずれも狭母音の前であるが、それだけでは破擦音化の要因とはならない
  • 前舌母音のチ・ヂの場合は口蓋化という契機がある
    • 歯茎音tの後でiの硬口蓋への舌の盛り上がりが口蓋的な摩擦要素[ʃ][ʒ]の発生に関わる
  • ツ・ヅの場合、倭語類解・改修捷解新語においてス・ツ・ズのuに스・즈を当てることが注目される
    • 日本語のウ段の非円唇性を示すもの。これは、特に歯茎音の後で中舌化を起こしやすい
    • 歯茎音tの調音位置と、中舌化した母音の舌の盛り上がり位置が近接するために、摩擦要素が発生しやすかった
  • これが音声的条件だが、同時期に起こったことの説明にはならない
    • 朝鮮資料ではタ行だけでなくサ行もuに非円唇字母を当てていることを見ると、サザタダ行には中舌化という共通点が見出せる
    • 「チヂとツヅとに共通する点は,いずれもサ行,ザ行の子音と相関関係を持つことである。すなわち,チヂとシジの間,ツヅとスズの間のそれぞれに,上に述べた一定の関係が認められる。」

摩擦の拡張化

  • 概略、チ・ツ・ヂ・ヅは、既存の摩擦音サ行・ザ行と相関関係を作る形で破擦音を生み出したと考える
  • チ・ツの破擦音化の前のシ・スの区別は、口蓋的か非口蓋的かの違い
    • この関係は異音関係にあるので示差的ではないが、余剰的ではあっても、摩擦の音色がシス・ジズの聞き分けに重要であったと考えられる
      • 現代の母音無声化(「あた」「たける」など)と同様
    • この摩擦の音色の差を識別に使う仕組みが、シス・ジズからチツ・ヂヅへと拡張した現象として理解される

四つ仮名の問題

  • これまで四つ仮名の対立の消失は、ヂ→ジ、ヅ→ズの合流として見られてきたが、[ジ・ヅ]→[ジ・ズ]という「口蓋的対非口蓋的の二つの対の一体化」と見たほうがよい
  • が、これは変化後から見た記述なので、「破擦音化はその発端においても口蓋対非口蓋的だったか」という問いが立つ
    • 現在、ザ行子音は摩擦音と破擦音の両方が実現されるが、四つ仮名合流後にこの状態が出来上がったとする見方と、それ以前からザ行子音にも破擦音が存在したとする見方がある
  • 四つ仮名合流はジヂが先行し、ズヅが遅れたことが指摘されている
    • 諸方言にもズヅが合流しない場合がある(ジヂが合流しないものはない)
  • とすれば、以下のように解釈される
    • チヂにおいて口蓋化が契機となり、破擦音への傾斜が顕著に。チヂの破擦音化が一歩先んじた
    • ツヅも射程に入り、非口蓋的な摩擦要素が発生
    • すなわち、口蓋化に端を発した破擦音の発生が、口蓋・非口蓋の対立を構築する現象へと変容した

*1:[ɕ]を簡略的に[ʃ]とする旨の断り書きあり