榎木久薫(1996.9)平安初期訓点資料における使役の格表示:ヲシテの使用に着目して
榎木久薫(1996.9)「平安初期訓点資料における使役の格表示:ヲシテの使用に着目して」『訓点語と訓点資料』98
要点
- 平安初期訓点資料における使役の格標示は「~ヲ~シム」「~ニ~シム」「~ヲシテ~シム」の性格について
- これらは中期に「~ヲシテ~シム」に統合されるが、ヲ・ニは使役的意味の違いとどのように対応するか
- ヲシテは当初ニに近い意味(意志的動作の使役)を持ち、次第に拡張する
使役の格パターン
- 以下のパターンに類別(ex. AがBにCをVさせる)
- 有情物ニCヲ他動詞:意志性動作の使役・太郎に扉を開けさせる
- 有情物ニCヲ中間動詞:意志性動作の使役・太郎に踏切を通らせる
- 非情物ニCヲ中間動詞:車に踏切を通らせる
- 有情物ニ他動詞:意志性動作の使役・太郎に開けさせる
- 有情物ニ中間動詞:意志性動作の使役・太郎に通らせる
- 非情物ニV:×(*車に通らせる)
- 有情物ヲCニ中間動詞:太郎を学校に行かせる
- 非情物ヲCニ中間動詞:無意志性動作の使役・車を学校に行かせる
- 有情物ヲ自動詞:無意志性動作の使役・太郎を泣かせる
- 有情物ヲ中間動詞:無意志性動作の使役・太郎を行かせる
- 非情物ヲ自動詞:無意志性動作の使役・雨を降らせる
- 非情物ヲ中間動詞:無意志性動作の使役・車を行かせる
- 使役格成分が非情物の場合以外、使役格表示語がニの文は意志性動作の使役文
- 使役格成分が有情物・Cの格表示語がニの場合以外、使役格表示語ヲの文は無意志性動作の使役
訓点資料の使役(ニ・ヲ)
- 概略、Bヲは無意志性動作、Bニは意志性動作の使役文
- 使役格表示の「ニ」は意志性動作の使役に用いられる点で、現代語と共通する
- BニCヲV:衆生に佛の知見を悟(ら)令(めむと)欲す
- 有情物が優勢
- BニV:我レ今汝に修学セ令む
- こちらも有情物が優勢
- BニCヲV:衆生に佛の知見を悟(ら)令(めむと)欲す
- 使役格表示の「ヲ」は、非情物ヲも見られ、有情物ヲの例は少ない
- 一切の如法の所求の意願を満足せしめム
- BヲCニVの例は少ない
訓点資料の使役(ヲシテ)
- 概略、ヲシテの例は「有情物ヲシテCヲ」が多く、意志性使役文の「ニ」に近い性格を持つ
- BヲシテCヲの例に集中し、述語動詞はBニの使役文に例のある動詞が多い
- 若(は)[使]人をして楽を作(さ)しめ
- この点、ヲシテはニに近い
- BヲシテVも有情物の例が多い
- BヲシテCニの例は少ないが、有情物ヲCニと重なるところがある
- 衆生をして佛の知見(の)道に入れ令(めむ)と欲(す)
- この点、ヲシテはヲにも近い
- 無意志性動作にヲシテが使用される例、形容詞述語文でヲシテが使用される例などは、平安中期のヲシテ専用の先駆例とみなされる
- ヲシテは使役文中の格表示に用いられるのがほとんどだが、時折使役以外の文でも用いられる
- 若一(り)の人をして動(かす)こと能(はず)[不]は[者]
- 設ひ百千人をして、時三月を経とも、亦断フルこと能(は)じ[未]
- 他動詞述語文に「ヲシテ」が主格表示語として用いられた場合、「意志的に動詞の動作をするようしむける」意を示す
- 「シテ」の用法に影響を受けて成立したものか?
- 以上まとめ、
- 「意志的に動作をするよう仕向ける」意味の「ヲシテ」が使役格表示に用いられることで、意志性動作の使役を示すようになる
- 助詞ニからサ変動詞スを含むヲシテへの「辞の訓から詞の訓へ」という流れに沿う
- 複数訓から一定訓へという流れの中で、ヲシテが無意志性動作にも拡張
- ヲシテが(複数の意味を持つヲ・ニと異なり)他の格表示を行わないことが使用を進めた背景か
- 「意志的に動作をするよう仕向ける」意味の「ヲシテ」が使役格表示に用いられることで、意志性動作の使役を示すようになる