ronbun yomu

言語学(主に日本語文法史)の論文を読みます

村上謙(2003.12)近世後期上方における連用形禁止法の出現について

村上謙(2003.12)「近世後期上方における連用形禁止法の出現について」『国語と国文学』80-12

要点

  • 近世後期上方に見られる「なぶりな」(=なぶるな)のような連用形禁止法の出現について
    • これを連用形接続のナではなく連用形命令法+ナと解釈し、
    • 終助詞ナの接続多様性を背景として、イ型・φ型命令形と混同がおこることにより成立したものと見る

連用形禁止法の解釈

  • 終助詞ナは通常終止連体形に接続するものだが、近世後期上方以降に「なぶりな」(=なぶるな)、「ききな」(=聞くな)、「しな」(=するな)の例が見られる
  • 従来連用形接続であるものと考えられてきたが、本稿では連用形命令法に接続するものと解釈する
  • 後期上方語を中心に見ていくと、
    • 四段の例は「そんな事いいな」(くだまき綱目[1761刊])
    • サ変の例は「わる事 しいな」(極彩色娘扇[1760刊])
    • 待遇的には「~さん」、「コレ」、「おまへ」や連用形命令と併用
    • 文化頃に一般社会に広がる
  • この「な」を連用形接続とすると「わる事 しいな」の例が説明できない
    • しいな は しな に先行し、多用されている
  • 四段の例と統一的に解釈するために、「連用形命令法+終助詞ナ」として解釈する
    • し(連用形)→しい(命令法)→しいな(禁止法)
    • 「おなぶりいなア」の例も同様に解釈できる
  • 命令形+禁止のナがあるかという問題に関しては、次のような例がある
    • あんまりせいてこけいなへ(脺のすじ書)
    • Caite xudasareina(ロドリゲス大文典)

連用形禁止法の出現要因

  • 遊里社会に端を発するが、それはなぜか
  • 物柔らかであることが良しとされる
    • 女のことばはかた言まじりにやはらかなるこそよけれ。(女重宝記)
  • 対他的な強制力を伴う命令関連表現を行う際に工夫が必要だった
    • 近松世話物・菅助世話物で調査すると、終助詞ナのあり方に男女差あり
    • 「なるべく聞き手にこびない明確な言い方、つまり補助動詞や助動詞を介さない言い方で、しかも罵りに傾斜していた従来の終助詞ナの禁止形式とは異なる、柔らかみをもった言い方、を遊女らが求めた結果が連用形禁止法の出現につながった」

形態面から見た成立過程

  • 近世前期のナのあり方は、
    • 四段:終止連体形な
    • 一段:連用形な、終止連体形な
    • 二段:連用形な、終止連体形な、終止形な
    • サ変:終止連体形な(するな)、終止形な(すな)
    • カ変:未然形な(こな)、終止連体形な(くるな)
  • 一(二)段動詞において、連用形接続形式の使用が増えたことや、この接続の多様性による混同が背景となる
  • 一(二)段動詞の連用形と命令形は形態的に酷似しているため、この段階において、連用形接続形式を命令形接続形式とも誤解していたものか
    • 連用形 掛け/命令形 掛けよ・掛けい・掛け
    • これが四段やサ変にも影響を与えて、連用形命令法にナを接続させるようになった
  • なさるる・くださるるなどのラ行下一(二)段の四段化が、一(二)段動詞の連用形接続形式を命令形接続形式と誤解することがあったことも影響するか
  • 一(二)段の連用形禁止法のような例もあるが、その発生は遅い
    • 「見いな」「居いな」のような例はなく、一段動詞における新形態を生み出す動きがないことを示すものか