ronbun yomu

言語学(主に日本語文法史)の論文を読みます

村上謙(2016.5)近世上方における二段活用の一段化とその後の展開

村上謙(2016.5)「近世上方における二段活用の一段化とその後の展開」『国語と国文学』93-5

要点

  • 従来、二段活用の一段化はそれ自体が閉じた現象として捉えられがちだが、後期上方の種々の現象は二段活用の一段化の延長としてに位置付けられる
    • 一段活用命令形(はじめ)、連用形命令(いひ)、連用形禁止(うたがひな)、オ連用ンカ(およびんか)
    • 一段化動詞(お行きる)

二段活用の一段化

語幹 未然 連用 終止・連体 已然 命令
上二段 落つる ツル ツレ チヨ
→上一段 落ちる オチ φ φ
下二段 掛くる クル クレ ケヨ
→下一段 掛ける カケ φ φ

命令表現形式の多様化

  • 以下の現象が、二段活用の一段化の延長に位置付けられる
  • 一段活用命令形イ型
    • φ:はやうはじめ(←はじめよ)といへ(好色伝授)
    • イ:なはをかけい(虎明本)
    • 二段活用の一段化によって語尾の大半がφ・ル・レになり、命令形もそれに近い形に収斂する際、ヨ形とφ形との折衷として生じた
  • 連用形命令法
    • サア〳〵噌助 口上 いひ(難波丸金鶏[1759])
    • 上一段活用などから生じ、長音ミーとも短い形ミとも発音された。外形的には連用形そのもので、「命令形は外形的には連用形そのもの」という理解が生じていたと考えられる
    • 下二・一段活用命令形のφ形やイ形が外形的に連用形そのもの(もしくはごく近いもの)であったことも影響したか
    • これが四段活用にも波及した
  • 連用形禁止法
    • そのやふにうたがひな(風流裸人形[1779])
    • 連用形命令法とほぼ同時に、命令法の否定形態として発生
  • オ+連用形+ンカ
    • げいこおよびんか(開学小筌[1754か])
    • 以下の異分析による
      • おくれ(未然形)+ん(打消)+か → おくれ(お+連用形命令)+んか → オ+連用形+ンカ
    • さらに、連用形命令の影響下で、オを落とした連用形ンカが出現
      • チトきかしんか(夕涼新話集[1776])

一段化動詞

  • 18C末に新たな活用型動詞群「一段化動詞」として再編される
語幹 未然 連用 終止・連体 已然 命令
一段 行きる イキ φ(行きんか) φ(行きた/行きな) ルφ(行きる) レ(行きれば) φ(行き)
  • 連用形ンカ、連用形禁止法、連用形命令法という個別的な形式をそれぞれ一段活用の未然形・連用形・命令形に見立てて、終止連体形や仮定形を補完したもの
    • 連用形:御買(かひ)たとおぼえてゐ升(老楼志[1832])
    • 終止連体形:それでもかくしるか(竊潜妻[1807])
      • そのやうにおいゝるからいひますが、…とおもひるいなア(箱まくら[1822])
    • 仮定形:なんぞおこのみればよい(箱まくら)/おもらひればよひ(老楼志[1832])
    • 一段動詞の一段化動詞形にも及ぶ
      • ゆかりの月の見立があるが見いたか(色深猍睡夢[1826])
      • 何で出ゑた(竊潜妻[1807])
    • 臨時的な性格が強く、安定して使用されたわけではないが、システマティックに創出されたことは明らか
    • これも、語幹増加をもたらす変化であった(行く:イ→イキ)

二段活用の一段化と一段化動詞

  • これらの現象は有機的に繋がるように見えるが、連用形命令法はもともと一段化とは関係ない次元で起きたことで、一段化動詞になるメリットはなく、わざわざ創出されるだけの意味があったのかも疑問
  • この問題について、再度二段活用の一段化の段階を区分すると、
    • 1 二段活用専用
    • 2 二段活用と一段活用の使い分け/命令形イ型の出現
    • 3 二段活用の減少/連用形命令法などの出現
    • 4 一段活用の主流化・専用/一段化動詞の出現
  • もともと(同語の)二段活用と一段活用が使用者層・場面・あらたまり度合いなどの待遇表現面で使い分けられる関係にあった(2)が、二段活用形態の減少に伴い徐々に失われる(3~4)
  • 命令形イや連用形命令法は待遇度がやや高かったが、命令関連表現だけでは、全てを補完することができないので、「命令関連表現を巻き込む形で系列整合的な補完が行われた」ものと考える

まとめ

第2期:二段活用の一段化は、語幹の増加と語尾の単純化をもたらす変化であった

第3期:その結果、一段活用命令形にφ形やイ形といった各種のバリエーションが登場し、その影響下、連用形命令法やそれに関連する新形式が出現した

第4期:18世紀末、二段活用の退潮によって待遇表現体系に空き間が生じたが、それを補うものとして、先の新形式を活用形の一部として仕立て直した一段化動詞が出現した(=一段化システム)。

このように考えると、二段活用の一段化と一段化システムの両者を、動詞活用および待遇表現面の有機的な関連性を有するものとして把握できる。

雑記

  • 図書館でpredatory journalsについてのセミナーが行われていて思ったが、ハゲタカジャーナルって意訳が普通に受け入れられてるのってすごい