山口堯二(2002.11)「「はずだ」の成立」『国語と国文学』79-11
要点
- 「はずだ」が弓の部位の「はず」に始まることを示し、「はずだ」の成立に至るまでを論じる
弓の「はず」
- あゆひ抄、「べし」に関して「〈はず〉といふ詞は、弓のはずのあふ事よりいひそめたるにや」
- その後、大日本国語辞典(1915)にも同様の記述
- 室町の故実書に、「弓をはる時、うらはずのつるわをよくみて…」とあり、「はずがあふ」ことによって弦を張った後の「はりがほ」がよくなるとされる
- 「はずがあふ」は(単なる筈と弦との関係ではなく)弦が張られた均衡的な状態を象徴する言い方
比喩的な「はずがあふ」
- はずの比喩的意義
- 筈のあふ拍子、筈のちがふ拍子あり(五輪書)
- 弦音にとふ口うらをまかせけり梓の弓のはづはあはねど(職人歌仙)
- 他動詞と共起する場合があり、「はずがあふ」ことがより「目的」「予定」的になる
- これにて筈を合はせん(醒睡笑)
- 大方筈をすましてならでは成まひ事(沢庵書簡)
- 特に、「連体修飾~に」の例「時の筈にあはぬを」(醒睡笑)は注目される
- 近世初期には「手はず」の語もできる
- 「約束」の意義も現れる
- 山ぶしにはづをとる(虎明本)
- 筈をちがへて星にあたらず(狂歌)
- これも「~に」の例がある:夜は親仁さまの足でもさするはずに極めし。(好色一代女)
- 約束は当然守るべきなので、より普遍的な物事のありようを方向づける
述語用法へ
- 述語の「はず+だ」→推定辞の「はずだ」という経路を想定したとき、「はず」の比喩的意義を残すもの
- わしや煩うて疾うに死ぬるはず(ものの運びの意)なれど、今日まで命存へたは、(夕霧阿波鳴渡)
- 今宵は客もある筈(予定の意)なり(堀川波鼓)
- 推論に働くようになるのは、上接する、既知の現実的な事柄の当然さを認定するような例からスタート
- 既知:市之進の身に成つては口惜しいはずなれど、あまりにこれはつれない(鑓の権三重帷子)
- 未確認:吸啜が見えぬ事、よもや禿はとらぬ筈と、おもしろからぬ咄しする内に(好色一代男)→この段階で「はずだ」成立と見てよい
- なお、体言にかかる場合は、「はずなる→はずな」とはならず、「はずの」の傾向が強く、本来の体言性を失っていない
- 近世前期には当為の意もあるが、後には引き継がれず、「べきだ」との競合において、推定の意のみを残すようになった
- むさと馬の鞍をとり具足をぬがない筈だに、はやく着べいぞ。(雑兵物語)
- 町人はまち人、僧は僧のみちにくわしくたち入るべき筈の事なるに、(ひとりね)
補足
- 図で見るとよく分かるはず