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言語学(主に日本語文法史)の論文を読みます

橋本行洋(2015.3)「ぽち」とその周辺語 :〈心付け・祝儀〉を示すことば

橋本行洋(2015.3)「「ぽち」とその周辺語 :〈心付け・祝儀〉を示すことば」『日本文芸研究』66-2

要点

  • 「ポチ袋」の「ぽち」の成立・由来や、その周辺の「心付け・祝儀」の意を示す語彙について

「ぽち」

  • 上方周辺において、心付け・祝儀の意で「ぽち」が用いられることが知られる
    • 平凡社大辞典「宿屋・料理屋などの雇人,芸者・茶屋女などに与ふる祝儀。上方語。チップ。纏頭。『ポチをやる』『ぽち袋』」
    • 方言辞典には、愛知、滋賀、愛媛など、近畿・中国・四国などに限られる
    • 上方語源辞典(前田勇)「心づけ。祝儀。チップ。(明治十九年・東京京阪言語違)〔語源〕初め花街語であったようである。ほんのぽっちり(少額)の意という。」のように、花街語であったことを示す記述もあり
  • 初出は近世中期
    • 『おさめかまいじよう』(艶道伝書、1759成、1813写の翻刻本を参照、道後の湯屋の楼主によるもの)の「ポチはずめばつけ部屋めくばりに応えて」「ポチ出して」が早いか
  • 一方、先行する色道書におけるご祝儀の意の隠語は「」や「
    • 先挙屋に花を出す事,年中五ケ度の祝儀の嘗日・後日によらず,出す事勿論也。(色道大鏡[1680以降])
    • ここから、「ぽち」がやや遅れる語か、もしくはより隠語性の高い語であったと考えられる
  • 近代文献においても引き続き上方の俗文において用いられる
    • 少なうても[関西方言の例]二十銭、多いと五十銭位のポチは呉れます(滑稽新聞・1903年9月)
    • 近代文献にはその他、「纏頭」にぽちのふりがなを付す例がある
      • 「纏頭」は中国語を出自とする漢語
    • なお「花」は花代(玉代・規程の遊興費)として用いられるが、「ぽち」は心付けの意に留まる
  • その他周辺語彙について、
    • チップ」は「チップとは,祝儀,纏頭(はな)の如き意味のもので,客が任意に与へるところのものである。」(歓楽の王宮 カフエー[1929])とあり、この頃からはな・ぽちに代わって広く用いられたか
    • サービス料」も1938年に定義の例あり
  • 「ぽち袋」の使用拡大によって、「ぽち」は方言・隠語から脱却したか
    • 1980年代には既に関東において用いられていた
  • 「ぽち」が小さい点を示す「ぽち」(「これっぽっち」などの「ぽち」)に由来することの例証は難しいが、おそらく妥当
    • 犬の名の「ポチ」は昭和初期には小型犬の名として定着していた
    • 民間語源説ではあるが、フランス語のpetitも影響したか

類例

  • 「ぽち袋」の例をいくらか見つけたので挙げておく(ググって出てきただけ)
    • ……ぽち袋にしているわけであるし、これがもし遊びの芸妓などへあてたものとなるとはなとなる。(真下五一『京ことば集』[1972])
    • 私がテレビに出始めた四年ほど前、行きに千円、帰りに千円をぽち袋に入れて運転手に渡していた頃があつた。その頃ギャラは安くて、一割の説金を引かれた上にぽち二千円、また髪のセツトでもしようものなら手取りはほんの僅かしか残らなくなる。(宮尾登美子『母のたもと』[1980])
    • 三〇年前までは、中流以上の家庭では、チップを入れる「ポチ袋」を買っておいたものだ。(林屋辰三郎『日本人の知恵』[1973])
  • かなり早い例に、
    • 人々は、まだポチ袋の五十錢に氣を取られてゐた。(法政大学出版局・批判第2巻[1931]黒島伝治による論説)
    • 軽便状袋及ポチ袋製法(自修独得工芸技術教授書[1894])

雑記

  • 大人になったのが遅いので、親戚の子どもへのお年玉は毎年毎年財布に強めの打撃が来る