竹内史郎(2006.3)「ホドニの意味拡張をめぐって:時間関係から因果関係へ」『日本語文法』6-1
要点
- 時間関係を示すホドニから因果関係を示すホドニへの意味拡張について
- 特にそのプロセスについて「因果連鎖パターン」の慣習化という観点からの説明を試みる
問題
- 吉田(2000)説
- 中古のホドニが生起する文は、ホドニに上下する事態が「重時性」(ホドニに上下する事態が時間的に重なること)を表す。
- ホドニ自体が「重時性の用法の継続中の意味」(ホドニ節の事態を継続させる意味)をもつ。
- この重時性から、先後性を表すホドニを中間段階として因果関係を表すホドニが生じる
- 吉田(2000)説の問題点として
- 舞ひはつるほどに、大臣院に御土器まゐりたまふ(源氏)のような例は述語が終了限界の達成を表し、時間的な幅を持たないので「重時性」解釈ができない
- とすると、展開も正しい記述ではない
史的展開
- 再整理を行うと、
- 中古のホドニは時点用法と場面用法を持つ。これらは補部がスケール上に位置付けられる点で共通するが、
- 時点用法:未下るほどに、南の寝殿に移りおはします(源氏)
- 場面用法:講の終るほどに、…春の心ばえある歌たてまつらせ給ふ(伊勢)
- 一方、スケール上に位置付けられない用法がある
- 非スケール用法:むかし、おとこ.逢ひがたき女にあひて、物がたりなどするほどに、鳥の鳴きければ(伊勢)
- 補部の事態が単独で、主節事態の背景や付帯状況などを表す(形式名詞ホドの働きの喪失)
- これらが中世にも引き継がれつつ、新たに因果関係を表す用法が現れる
- 中古のホドニは時点用法と場面用法を持つ。これらは補部がスケール上に位置付けられる点で共通するが、
- すなわち、 「補部の事態を時期とする、時系列上での同時的な時間関係を表す」→「因果関係を表す」という拡張を想定
拡張の経緯
- 「因果連鎖パターン」の関与による会話の含意の発生を考える
- 雨が降った。試合は中止だ。
- 試合は中止だ。選手達が各自帰途についた。
- なぜ因果解釈が生じるのか?
- 事態連鎖を構成する要素
- 出来事 p, q, r, ...
- 状態 a1, a2, a3, ...
- 文脈的結果状態(金水2004) S1, S2, S3, ...
- 次の事態連鎖モデルが仮定される
- 因果関係が成り立つ連鎖(因果連鎖パターン)は、
- 出来事―状態:S1∧q⊢S2
- 雨が降った。試合は中止だ。
- 状態―出来事:S2⊢r
- 試合は中止だ。選手達が各自帰途についた。
- 因果解釈が生まれるのは、「因果連鎖パターンが文脈として関与している」からであり、この因果解釈は会話の含意による
- 出来事―状態:S1∧q⊢S2
- この因果連鎖パターンはホドニの意味拡張に関与する
- 時間関係を表したホドニが、因果連鎖パターンにたまたま合致することで因果解釈を受ける場合がある
- この五六日ここにはべれど、病者のことを思うたまへあつかひはべるほどに隣のことはえ聞きはべらず(源氏・非スケール用法)
- みな外々へと出でたまふほどに、悲しきこと限りなし(源氏・場面用法)
- 時間関係を表したホドニが、因果連鎖パターンにたまたま合致することで因果解釈を受ける場合がある
- 因果連鎖パターンが関与する用法は14C後半にかけて増加し*1、それにやや遅れて、「状態ホドニ状態」「出来事ホドニ出来事」の例が見られるようになる
- すなわち、「因果連鎖パターンが関与する時間関係を表す用法」が勢力を拡大させることでそれが慣習化し、ホドニの意味の一部として因果的推論が定着して、「因果連鎖パターンが関与する時間関係を表す用法」でなくとも、因果解釈が可能な構文が現れる
- なお、 since, now that なども同様、時間関係から因果関係へと拡張している
雑記
- 今年の目標は腸内環境の改善
*1:なぜこの時期なのか?ホドニに限った話でなく、だいたい300年くらいで用法が固定的になることが多いような気がするが、世代交代によるモデルを考えたときに「慣習化される」までの時間は一般化できるだろうか?