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言語学(主に日本語文法史)の論文を読みます

徳本文(2015.9)古代語複合動詞の後項「おく」について

徳本文(2015.9)「古代語複合動詞の後項「おく」について」『立教大学大学院日本文学論叢』15

要点

  • 古代語のVオクには本動詞の意を残すものとそうでないものがあり、
  • 補助動詞的Vオクには現代語のテオクとは異なり意図性の意がない

問題

  • 古典語Vオクは現代語Vテオクに置き換えられることが多いが、Vオクには動作主体の意図が必ずしもなく、同じ意味とは言えない
  • ではどのような意味か?

オクとVオク

  • 現代語テオクはアスペクトを表しつつ、それが主体の意図であることを明確にするもの
  • 古代語本動詞オクは、
    • 自動詞:霜がおく
    • 他動詞
      • 設置する
      • 除外する(措く)
      • 物や人を残して去る
      • 時間をあける(間をおく)
      • 放置する
  • Vオクがこれら本動詞の意を保持する例は、
    • 設置:いしなみおかば つぎてみむかも(万4310)
    • 物を後に残す:文を書きおきてまからん(竹取)
    • 人を後に残す:あしひきの あらやまなかに おくりおきて(万1806)
    • のように、実際に物を配置する、残す、という意で、意図性はないこともあり、「予め」の意も強くない
  • 補助動詞的オクの例
    • 君も乳母も、めでたしと見おききこえてし人の御ありさまなれば(源氏・東屋)
      • 素晴らしい方と思っていたの意味、本動詞オクの意がない
    • 阿闍梨、年ごろ契りおきたまひけるままに、後の御琴もよろづに仕うまつる。(源氏・椎本)
    • など、開く(他)、求む、知る、頼む、契る、祈る、思ふ、疑ふ、行ふ、思ふ、聞く、す、…などの例がある
  • 個別形式について、
    • 源氏には思ひおく・疑ひおくのような情態動詞を前項とするものがある
      • 現代語では、あえて「思っておく」の意になるが、源氏においてはその例はない
      • 「心情・意志の持続」の意を持つ
        • 院にも(略)ゆゆしきまで見えたまひし御容貌を、忘れがたう思しおきければ(源氏・澪標)
    • 源氏の聞きおくは、「以前その情報を耳にしたことがある」の意
      • 思ひ上がれる気色に、聞きおきたまへるむすめなれば、ゆかしくて(源氏・箒木)
    • これら思ひおく・聞きおくは、意図性を持たない。これらの他にも、
      • 心弱くなりおきにける/~さまを、見えおきたてまつりたる/やみおきて…のような意図性の認められない例がある
      • これらもやはり、前項動詞の影響・効力の持続と解される
    • 意図性のある例もある*1
      • 私の懸想もいとよくしおきて、案内も残ることなく見たまへおきながら(源氏・夕顔)
  • 以上まとめ、Vオクは本動詞の意を保持するものと補助動詞的用法に大別され、
    • 本動詞的なVオクは「後に残す」か「配置・設置・処遇」の意
      • 「後に残す」には「放置」の意味合いの強いものもあり
    • 補助動詞的Vオクの基本的意味は「前項の結果・影響・効力の持続」で、意図性は必須条件ではない
    • 「自分の死や出家にあたって言葉や物を残す」の意のオクの意が加わることで、意図性が意味に加わったか

*1:「その意図性の有無、あるいは強弱は、それぞれその主体の人物像や物語の展開の解釈によって変わるのではないだろうか。」とあるが、前項動詞が意図性を担保し、後項オクは持続の意のみを持つものと見るのがよいのでは。