青木博史(2005.7)「複文における名詞節の歴史」『日本語の研究』1-3
要点
- コトを表す補文の名詞節の歴史に、「準体型・コト型・ノ型」の三種を考え、
- コト型がその性質を変化させていないことに基づき、
- コト・ノによる準体型の補償はなく、むしろノの伸長が準体句を衰退させたことを主張
問題
- 現代語の名詞節の構成方法二種
- 太郎が走るのを見た〈ノ型〉
- 花子が帰ったことを伝えた〈コト型〉
- 古代語の名詞節は準体法によるが、コトの意、ヒトの意で異なり、史的観点から見る場合には、前者について問題とする必要がある
- [友の遠方より訪れたる](コト)を喜ぶ。〈準体型〉
- [友の遠方より訪れたる](ヒト)をもてなす。
- 以上の準体型・ノ型・コト型の3形式の変遷を考えていく
中古語の準体
- 特に連用格に立つ場合について、
- 主語の場合、状態性を表す用言に限られる
- [手叩けば山彦の答ふる]、いと煩はし(源氏・夕顔)
- 一ノ牛ヲ殺シテ[其ノ報ヲ受ケム]、猶如此シ(今昔)
- [~こと]の場合(コト型名詞節)は制限がない
- [節を隔てよごとに金ある竹を見つくる事]かさなりぬ(竹取)
- 準体型を用いることができない範囲をコト型が担っていた、という点で重要
- 目的語その他の場合、
- ヲ格の場合、感覚・感情を表すものに限られる
- [いみじう泣く人ある]をきゝつけて、(伊勢)
- [いみじき愁へに沈む]を見るに、(源氏・明石)
- ニ格の場合も同様だが、
- [月ごろ風病重き]にたへかねて(源氏物語・帯木)
- ニツケテなどの副詞的成分に付接する場合には準体型が専用され、コト型名詞節は用いられない
- ヲ格の場合、感覚・感情を表すものに限られる
現代語のノ・コトと古典語との対応
- 現代語におけるノとコトの使い分け
- ノ専用:太郎は飛行機がふもとに墜落する{の/*こと}を見た。
- 両用:係員は雪雄が中にはいる{の/こと}を許可した。
- コト専用:部長は政志に愛媛に転勤する{??の/こと}を命じた。
- 現代語の「コト専用文」の特徴は、
- 「生産されることがら」「事象のあらまし」を表すこと
- ~「始める」「決める」「望む」「示す」「言う」「伝える」等
- これは、動きを表すので古典語の「準体型」では表すことができない
- 現代語の「ノ専用文」の特徴は、
- 五感によって直接体験される状態・出来事を表し
- ~「見る」「聞く」「待つ」など
- 古典語の「準体型」がこの領域を担う
- 両用文は古典でも準体・コト両用文
- 御前の御遊び、[にはかにとまりぬるφ]を口惜しがりて(源氏・鈴虫)
- 御方々、[物見たまはぬこと]を口惜しがりたまふ(同・紅葉賀)
- 「コト」はイメージではなく、記憶の仕方が鮮明
- 「ノ」は「太郎が池に落ちた」という視覚イメージが鮮明
準体型からノ型へ
- 以上より、コト型は統語的にも意味的にも歴史的変化を蒙っておらず、「衰退した準体型をコト型が補償」といったことはなかった
- 補文を構成する名詞節は準体型からノ型へという変化として捉えられる
- ノの付接は、モノ・ヒトの準体がコトの準体より早かったものとされるが、代名詞的用法のノからの発達であると考えると、意味の抽象化・機能の一般化が観察される
- 薬師は常乃もあれど(仏足石歌)
- 古今の前書に歌奉れと仰せられける時とあるのは、歌の手本に奉れとあるのなり(耳底記、モノ)
- 如何に申さんや、姫が肌に、父が杖をあてて探すのこそ悲しけれ(貴船の本地、コト)
- 「準体型の衰退によってノが必要となった」という見方があるが、準体型は江戸後期でも用いられており、ノも室町末に成立したのに定着していない
- ノはモノ・ヒトを表すことを明確に指し示すために用いられ、これがコトにも拡張したと見る
- モノを表す準体は準体句として現代に残らないが、するがいい、言うに言われずなど、コトの場合は残存する。これは、(特に~ニの場合)副詞的で名詞性が低く、ノを必要としなかったもの
- むしろノの発達こそが準体型名詞節を衰退させたものと見る
雑記
- ナイトスクープの炊飯器に喧嘩を売る犬の回、めちゃくちゃ面白かった