野村剛史(2015.1)「中古の連体形ナリ:『源氏物語』を中心に」『国語国文』84(1).
要点
- 中古のナリ文と現代のノダ文の対照を行う。*1
- まず、連体ナリについての数値的な事柄、
- 推定的要素がつくナリ文が全体の約55%
- ナリ文の準体部分はコト準体が多いが、モノの場合もある
- 「見むとしも思はねばにや、」のような、助詞付きのナリ文がある、など
- 現代語のノダ文を名詞述語文の一部と考える場合、従来の「主題―解説(説明)」のような構造だけでは名詞述語文を説明し難い。
- 筆者は名詞述語文に、「個体の属性」(ポチは犬だ)、「指定文」(幹事は私です)、「同一性文」(チョモランマはエベレストだ)の3種を認める。
- ナリ文の場合、ある同一の事態Xを、別の側面(P,Q)から解釈するという、「「ただ一つの事態(シーン)」といえるような局面に関連していないと、中古の連体形ナリ文は使いにくい」という制約(一事態性制約)がある。
- (P=X)右近の司の宿直奏の声聞こゆるは、(Q=X)丑になりぬるなるべし。
- この「解釈―再解釈(認識の前進した内容)」として、「外面ハ内面ナリ」のパターン(「思い文」)が目立つ。
- (解釈部)例ならず下り立ち歩きたまふは、(思い部)おろかに思されぬなるべし。(徒歩でおいでになる―いいかげんな気持ちではない)
- このナリ文には、以下のような広がりが認められる。
- 注釈ナリ(内面)―主文(外面)(状況説明文):やがて本にと思すにや、手習絵などさまざまにかきつつ見せたてまつりたまふ。
- 事情文の自立化(純然事情文):[外面事態との明示的な関係付けはなく]~~など思ひ返すなりけり。
- より詳細な事情が語られるもの(詳細説明ナリ)
- 知覚的・具体的現象―一般的現象ナリ
- 事態の表面―事態の内奥
- 「洪水になったのは、上流で大雨が降ったのだ」のような二事態的な「結果(事実)―原因ナリ」は源氏には認められないが、「理由(原因)+帰結(結果)ナリ」の例は多い。
- 以上のように、ナリ事情文は一事態の「事実―事情」への分化を基盤とするが、「事実」が状況に委ねられて、文脈に明示されない場合ももちろんある(→純然事情文)。
- 現代語には「あっ、雨が降っているんだ」のようないわゆる「発見」のノダがあるが、中古には「雨の降るなりけり」のような例はなく(単に「雨降りけり」などと言う)、「「事実―事情」の対応感」が必要とされる。
- さらに、この特性に従って、以下の用法も認められる。
- 核心的本質を「そういうものである」と述べる(本質化):荒れたる所は、狐などやうのものの、人をおびやかさんとて、け恐ろしう思はするならん。
- 二重否定化:世をまだ知らぬにもあらず(知らないというわけでもない)
- 一方で、(ベキナリはあるが、)命令・意志・勧誘を表すナリはない。
雑記
- ある発想があってしばらくナリ関係の論文を読み続けていたけど、ここまで来て、言いたかったことほぼそれやんという論文を大坪先生が書いていたのを見つけて激凹みしています
- 気づかん方が悪い
*1:今日は要点になってない