仁科明(2018.11)「ある」ことの希望:万葉集の「もが(も)」と「てしか(も)」
仁科明(2018.11)「「ある」ことの希望:万葉集の「もが(も)」と「てしか(も)」」沖森卓也編『歴史言語学の射程』三省堂
要点
- 仁科の叙法形式の整理のうち、「非現実事態を表しながら、未然形に接続しない」という問題を持つ形式として、もが(も)、てしか(も)を扱う
前提
- 「もが(も)」の用法には名詞句もが・形容詞連用形もがの2つのタイプが指摘される
- 老いず死なずの薬もが
- 世の中にさらぬ別れの無くもがな
- 前者は存在の希望、後者は成立の希望とされる
- 「てしか(も)」は基本的に話し手自身の行為の希望を表す
- なかなかに人とあらずは酒壺になりにてしかも酒に染みなむ(万343)
- また、「てしが(な)」は「にしが(な)」が対応するが、「てしか(も)」に対応する「にしか(も)」はない
- 「てしか(も)」の語源説には、助詞複合説と、仮定条件前句説がある
- 後者の類例には「ばや」「がに・がね」があるが、「てしか」の場合、シカをキの已然形とすると希望との関わりが分からず、未然形は単独用法を持たないもで考えにくい
用例
もが(も)
- 「名詞+もが」は下接した名詞句の存在を希望する希望喚体
- 連用+もが(も)は、情態修飾句相当の語句に「もが(も)」が続くもので、ある状態の存在を望む表現と捉えられる
- 断定に+もが、形容詞連用形もが、てもが、かく(し)もが
- 言い切る際のアリ相当の位置にもが(も)が来る(にあり→にもが、てあり→てもが)
てしか(も)
- 特に「てもが(も)」との関連を考える
- てもが(も)は、タリ(<てあり)のうち、特に結果状態のタリに相当
- 春されば散らまく惜しき梅の花しましは咲かず含みてもがも(万1871)
- 一方で上代タリにはパーフェクトの例が既にあり、結果状態の「てもが(も)」に対応する形で「てしか(も)」があるのでは?と考えて見てみると、確かにある*1
- 見えずとも誰恋ひざらめ山のはにいさよふ月を外に見てしか(万393)
- すなわち、テアリ相当の内容の希望を、存在様態性を重視する「てもが(も)」、パーフェクト性を重視する「てしか(も)」が分担していることになる
- 「もが」「てしか」は、係助詞の複合によるものと考える
- 希望を表す理由はよくわからないが、「もか」と「しか」が対応しつつ役割分担していることの意味付けは可能
- 現実にはない別の可能性の希望に、内容の併存を示す「も」
- いくつかの可能性の中から一つを選ぶ希望に、後ろと結びつく要素を焦点的に指示する「し」
- 希望を表す理由はよくわからないが、「もか」と「しか」が対応しつつ役割分担していることの意味付けは可能
- 問題3点、
- 「ありてしか」は、タリ+アリが中世以降にないため問題。しかも下例は「雲にもが」相当で動作的でもない
- ひさかたの天飛ぶ雲にありてしか(万2676)
- 希望表現として成立した後の独自展開か
- 「名詞しか」がないことはどうしようもないが、あり得たのではと考えておく
- 「てしか」相当の希望を表す、動詞しかの例は、テシカとも訓めなくはない
- まそ鏡見しかと思ふ妹も(万2366)
- 「ありてしか」は、タリ+アリが中世以降にないため問題。しかも下例は「雲にもが」相当で動作的でもない
- 以上、これらが連用形に接続することは、「もが(も)」が「あり」の希望を表すこと、「てしか(も)」が動作主性の強い事態の希望を表すことに理由を求めることができる
- 他、連用形と関連する希望表現には、連用形こそ、禁止に連用形が関わること、命令形(命令形の起源は連用形+よ/a/o乙とされる)など
雑記
- なんか卵が異常に安いなと思ったら
- 今(だけ)全国的に安いんですね
*1:何食ってたらこんなこと思いつくんだ