ronbun yomu

言語学(主に日本語文法史)の論文を読みます

細川英雄(1982.7)『天草版平家物語』の「な—そ」をめぐって

細川英雄(1982.7)「『天草版平家物語』の「な—そ」をめぐって」『国語学研究と資料』6

前提

  • 禁止表現「ナーソ」は室町末から江戸初期にかけて口頭語から姿を消す
    • 否定の要素が文頭に来る構造が極めて稀であるため
  • その過渡期の資料として天草平家を見るとエソポなどと比べてナーソが現れており、当時の口語に比して勢力を保っている

天草版のナーソ

  • 覚一本・百二十句本におけるナーソ、ベカラズ、マジなどが天草版のナーソに対応している
    • さなおぼしめされそ(天草版)/おぼしめすべからず(覚一本)
    • な思はせられそ(天草版)/平家ノ方人スルト思召レ候マジ(百二十句本
    • この状況から判断すると、天草版のナーソは原拠本の表現形式をほぼ踏襲した形で成立していると言えそうである
  • 一方、ナーソ以外の形式を見ると、
    • 覚一本に多いベカラズは天草版にはほぼなく、あっても故事の引用などの固定的な使用
    • 「べうも候はず」に対応する「べうもない」の形は見られるが、禁止の意では使われていない
  • マジも既に見られないが、ベカラズ、マジキ、マジウ候などが、天草版ではマジイに移行していることが指摘できる
  • 原拠本がナーソの残存に影響した可能性もあるが、ここでは日本語教科書としての性格を考慮に入れ、教科書としての言語的な統合・整理が行われたと考えると、ナーソが従来のものを踏襲しつつ、文語的な禁止表現をも取り込んで、禁止表現中の典型の一つとして用いられたのではないか、と考えられる
  • 同様、天草版の「ーナ」も、ベカラズ・マジ・ナーソに対応する形で現れているが、これは口語の中での発達の状態を反映したものと見られる
  • 以上の流れをまとめると、

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