大鹿薫久(1999.3)「「べし」の文法的意味について」『ことばとことのは 森重先生喜寿記念』和泉書院
要点
- 上代のベシの意味について
- 他のモダリティとの相違点について、対象的・作用的意味の両方を認めることで説明する
前提
- 上代語ベシに、推量周辺のム系、ラシ、終止ナリと異なる点が2点見出される
- ベシのみが連用形を持つ
- 疑問文での使われ方が、ムと比べれば非常に低いものの、ラシ・終止ナリが使われないのと比べれば、使われてはいる
連用形を持つこと
- ほとんどが動詞述語の意味を限定するもので、推量というよりは「そのような状態に」というような意味合い
- 我かやどに盛りに咲ける梅の花散るべくなりぬ見む人もがも(851)
- この「~の状態に(で)」は、以下の2つに分けられ、これらはすなわち「ある事態が内在する状態」である
- まもなく出来する状態(しそうなほどに):通るべく雨はな降りそ(1091)
- 事態が可能な状態(できるほどに):見つべくも照る月夜(1082)
- 他、「適当」「許可」と解される例もあるが、これも対象的に記述されたものである(言語主体が主観的に付与する価値ではない)
- この意味は終止形にも現れるが、終止形においては言語主体側の捉え方(ここでは「作用的意味」)としても現れる
- 明日と言はば久しくあるべし(1309)
- すなわち、ベシは対象的意味・作用的意味の両方を持ち、これによって連用形(対象的意味を担う)を持つ理由が説明できる
疑問文に少ないながら見られること
- ム・ラム・ケムで30-40%、ベシは13%程度、ラシ・終止ナリは全く使われない
- 全て対象的意味で使われている
- 紅に衣染めまく欲しけども着てにほはばが人の知るべき(1297、「人が気付く状態になる」)
- 作用的意味で用いられるベシは疑問文に生起しない、ということになるが、その作用的意味は何なのか?
- (ムなどの作用的意味(推量)は論理的に考えて、否定も疑問もできない。否定された事態の推量はあっても、「推量の否定」はない)
- この作用的意味は、現代語のカモシレナイ、チガイナイ、ハズダに近く、話し手が「そう把握している」ことを示す意味
- 「ある事態が内在する状態」を話し手が把握し、そう述べているものと考える