月本雅幸(1992.11)「院政期の訓点資料における助動詞」『国語と国文学』69(11)
要点
- 平安初期訓点資料に比して院政期訓点資料が活用されることは少ないが、価値が低いとは言い切れない
- 当時の口語を含む部分がありそうな一方で、移点などによる年代的重層性を持つことを制約として理解しつつ、その性格について考える
- 築島1963で言及される、慈恩伝(1099, 1116加点)の助動詞は、
- 推量がム・ベシ・ジに大きく偏り、マジ・マシ・ケム・ラムはほぼなく、ラシ・メリ・ムズ・終止ナリはない、回想もケリは少ない
- 少ないなりに使われている理由として考えられるのは2点、
- 1 平安時代前半の訓法の固定化
- 平安前期訓点資料には確かに助動詞のバラエティがあるが、しかしケム・ラムなどはやはり使われていない
- 慈恩伝の訓点がそもそもあまり古い訓法を残していないので、助動詞だけ残るというのも変
- 2 平安時代後半の口語の混入
- 慈恩伝のラム・ケム・マシ・マジが全て会話文中であることに注目すると、こちらの可能性が高い
- 他の資料にもそれぞれの事情がある
- 石山寺本大唐西域記長寛元年(1163)点は、ケリ・マジ・ラムのうち2/3例が会話文
- 因明論疏天永4年(1113)点はイ・ソヱニなどの古い訓法を残すが、助動詞の使用は他資料同様少ない
- また、マジ・ケム・ラムの使用はなく、これは問答形式であることと関係するか
- 神田本白氏文集(1113)はマシとケムが比較的多い
- これは漢籍訓点資料で、異訓の併記があること、伝承性が強いことによるもので、これは院政期の要素として見ることはできない
- 漢籍の訓点に元来和文的要素が強いことによるものだろう
要点