ronbun yomu

言語学(主に日本語文法史)の論文を読みます

菊田千春(2004.6)上代日本語におけるノ・ガ格と名詞性:規則性と例外の共存をめざして

菊田千春(2004.6)「上代日本語におけるノ・ガ格と名詞性:規則性と例外の共存をめざして」石黒明博・山内信幸編『言語研究の接点:理論と記述』英宝社

前提

  • LFG(Lexical Functional Grammar)を用いて上代の主格表示を分析する
    • 上代のノ・ガの分布は野村(1993)以前は連体基本説が一般的であったが、
    • それを反証する野村(1993)の「一体的な関係」も予測性を持たないという問題がある

理論的枠組

  • 連体形述語を名詞性と述語性の混声範疇(Mixed Categories, Malouf 2000)と考え、
  • OT(最適性理論)の1つである確率論的最適性理論(Stochastic-OT)を統語論的に導入(Bresnan2001)する
    • OTは制約A・Bの相対的強さによりそれが言語に反映すると考え、Stochastic-OTではその制約の強さを(離散的なものではなく)連続量的に捉える
  • 具体的音形としての「音形格」が「抽象格」を含む格情報と一致するかをFaithfulnessの制約として捉え、以下の4つの制約を仮定する
    • i Faith(case): 抽象格と音形格の適合性
    • ii Faith(grammatical-prominence): 文法的卓立の適合性
      • 主節主語は文法的卓立をもち[+g-prom]、従属節主語はもたない[-g-prom]
    • iii Faith(discouse-prominence): 談話的卓立の適合性
      • 主題化を受けたものを[+d-prom]と考え、この項が談話的卓立を表せない音形格でマークされた場合に、Faith違反とみなす
    • iv Faith(categoriality): 統語範疇との適合性
      • 名詞性を持たない主要部の項に名詞性を持つ音形格がつく場合、その不適合をFaith違反とみなす
  • 各音形格は以下のprofileを持つ
    • ハ:[+d-prom][+g-prom][-cat.(noun)]
    • 無助詞:[+d-prom][+g-prom][-cat.(noun)]
    • ノ・ガ:[-d-prom][-g-prom][+cat.(noun)]

分析

  • 主節主語[+d-prom][+g-prom][-noun]の場合、ハ・無助詞のみが最適候補
    • ニとヲは case などに違反、ノ・ガは d-prom, cat, g-prom に違反

f:id:ronbun_yomu:20191002132316p:plain
p.132

  • 名詞節や連体形終止[-d-prom][-g-prom][+noun]の場合、ノ・ガのみが最適候補

f:id:ronbun_yomu:20191002132332p:plain
p.132

  • 係り結びを含む主節主語の場合、
    • …ハ…カモ もしくは …ハ[…カ…V]の場合、ハ・無助詞が最適候補
      • ハ・無助詞は cat に違反するが、より重みのある制約 d-prom により違反は見逃される
    • …カ[…ガ…V]の場合、無助詞とノ・ガが候補で、ノ・ガのほうが選好される
      • 入力は[-d-prom]であり、ハが違反する
      • 述部の名詞性により無助詞はcatに違反、主節主語であるのでノ・ガはg-promの違反となるが、catのほうがg-promよりもやや強い。このことが、ノ・ガの用例の多さを説明する

f:id:ronbun_yomu:20191002132355p:plain
p.133
f:id:ronbun_yomu:20191002132411p:plain
p.134

  • 順接条件節[-d-prom][-g-prom][-noun]の場合、無助詞とノ・ガが候補で、無助詞のほうが選好される
    • ハはd-promの致命的違反
    • 無助詞はg-prom, ノ・ガはcatの違反だが、catのほうがg-promよりもやや強い
    • …カ[…ガ…V]に近いが、無助詞とノ・ガの選好の違いを cat, g-promの相対的な強度から予測できるというのが提案の強み

f:id:ronbun_yomu:20191002132421p:plain
p.135

  • すなわち、連体基本説を棄却する根拠であった「…カ[…ガ…V]」や順接条件節についても、名詞性を考慮に入れれば説明することができる

雑記

  • 「学振落ちても大丈夫」は生存者バイアスなので落ちた人の心にはあまり届かないし、中間層を除けばちゃんと理由があって受かり、理由があって落ちているので別に「落ちても大丈夫」ではないと思う