岡部嘉幸(2014.10)「近世江戸語のハズダに関する一考察:現代語との対照から」青木博史・小柳智一・高山善行(編)『日本語文法史研究2』ひつじ書房
要点
- ハズダの成立や機能変化については明らかになっている点が多いが、共時的にどうであったか、現代語の差異はどうであったかという点は未だ検討の余地がある
- ハズダの基本的意味を「当該の事態を理屈の上で成り立つ事態として語る」としたとき(岡部1998)、その用法は大きく、以下の3つに分けられる
- A 事態の成立の有無を未確認の場合:①みこみ ②予定 ③記憶(八王子に住んでいたはずだ)
- B 事態の成立を確認済の場合:①さとり(道理で~はずだ) ②当然(そりゃ野球がうまいはずだ)
- C 事態と対立する事態の成立を確認済の場合:①正当性(~はずだ。なのに、~)
- 江戸語にも全ての用法が見られ、用法差は存在しない
- が、用例数の分布を見ると、以下の差異がある
- 現代語ではA①みこみが半数を占めるが、江戸語では9%しかない
- 江戸語ではB②当然の例が多いが、現代語では僅少
- 現代語・江戸語ともにC①正当性の例が2番目に多い
- ここから、現代語と江戸語のハズダの差異を以下のように捉えることができる
- 現代語のハズダは「話し手にとって当該事態が現実に成立していると見なせない状況」においてその蓋然性の高さを語る形式であるのに対し、
- 江戸語のハズダは「話し手が把握している現状に対してなんらかの言及(是認や否認)を行う」形式である
- この差は、ハズを、「道理」の意を持つ名詞として意識するかどうかに起因するのではないか(例えば、B②ははずの意が色濃く残る)
雑記
- コロナ下において、当ブログが学生のアンチョコになってしまっていることを非常に危惧します