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言語学(主に日本語文法史)の論文を読みます

山本真吾(2014.9)鎌倉時代口語の認定に関する一考察:延慶本平家物語による証明可能性をめぐる

山本真吾(2014.9)「鎌倉時代口語の認定に関する一考察:延慶本平家物語による証明可能性をめぐる」石黒圭・橋本行洋編『話し言葉と書き言葉の接点』ひつじ書房

要点

  • 日本語史研究において「鎌倉時代口語を反映する」とされる延慶本平家物語について、その鎌倉時代口語的特徴と目されるものが、長門本源平盛衰記との比較によってどう現れるかを見ることで、その証明可能性を探るもの

延慶本平家物語とその諸本

  • 延慶2・3(1309・1310)奥書、原本は現存せず、応永26・27(1419・1420)転写の大東急記念文庫本、江戸末の転写本が伝わる
    • 山田孝雄(1911)『平家物語考』*1にて、古態性が認められる
    • 長門本源平盛衰記(あわせて「広本系」)に共通本文が多く、広本系を基にして略本ができた、と考えられる
    • 延慶本・長門本の近さから「旧延慶本」が想定され、これは13世紀末までには成立か
    • 一方で、延慶本の独自本文については室町まで下る可能性がある

鎌倉時代口語であるかどうか

事例検証

  • 鎌倉時代口語」の検証事例として、
    • 「まほし」と「たし」
      • 旧形式「まほし」は共通本文に見られるが、「たし」は延慶本独自本文に見られるものが多い(山本2010)*2
      • 覚一本に比して、延慶本の古態性が追認できる
    • 副助詞「ばし」
      • 延慶本の「ばし」は独自本文に偏る
      • 延慶本のみではこの語が鎌倉時代に存在したことを証明できない
    • 推量の「う」
      • 3本に共通するものはなく、長門本と共通するものが2例、独自本文に7例
    • 「ごさんなれ」(<にこそ{ある/候ふ}なれ)
      • 長門本と共通するが、盛衰記とは共通しない
        • 独自箇所では、長門本・盛衰記ともに「こそ悲しけれ」とある例がある
    • 「ごさんめれ」(<にこそ{ある/候ふ}めれ)
      • 長門本と共通し、盛衰記とは共通しない。独自箇所では、長門本との対応箇所が「ごさんなれ」とある
    • 禁止「そ」(「な」無し)
      • 1例のみあり、長門本に対応箇所なく、盛衰記では「な…そ」とある
    • 完了「た」
      • 延慶本の4例は全て独自箇所で、長門本や盛衰記は「たり」を用いる
    • 「どこ」
      • 長門本とのみ一致するものと、延慶本独自箇所が1例ずつ
    • 打消「なむじ」
      • 延慶本のみ
    • 格助詞「で」
      • 鎌倉時代語的とされてきた「で」だが、全て独自箇所、しかも、旧形式「にて」が対応する
        • 大衆ノ沙汰デ(延慶本)、大衆の沙汰にて(長門本)、大衆ノ沙汰ニテ(盛衰記)
        • 一所デ(延慶本)、一所にて(長門本)、一所にて(盛衰記)

以上のまとめ

  • 長門本とは一致せず盛衰記にのみ一致」する例はないことから、広本系でも延慶本と長門本が近く、盛衰記が相対的に遠いことが追認できる
  • 「たし」「う」「ごさんなれ」「ごさんめれ」「どこ」は長門本と共通し、旧延慶本にあった(すなわち鎌倉時代口語であった)
  • 「ばし」「で」「た」は応永まで下る可能性がある

気になること

  • としたときに、延慶本以外の「鎌倉時代口語」資料に「で」の例が見られることと、旧延慶本に「で」が見られないことをどう捉えるか、院政期の例としては、

    • 此院で用左(御堂関白記・寛仁元[1017])
    • トイフニ、此験テトテトコヲエサスル時ニ(大威徳念誦次第、応徳元[1084]夢記)*3
    • コレヨリ後カ本ヤフレテ不見 サルテハ私語也(法華百座聞書抄)
  • 平家の年代について批判的に見る論文としては他に、吉田永弘(2012)「平家物語と日本語史」『説林(愛知県立大学)』60 がある

*1:文部省国語調査委員会『国語史料鎌倉時代之部平家物語につきての研究』

*2:平家物語諸本と中世語:延慶本の言語年代をめぐって」『国文論叢(神戸大学)』43

*3:小林芳規(1992)「鎌倉時代語研究の方法」『鎌倉時代語研究』15