ronbun yomu

言語学(主に日本語文法史)の論文を読みます

岡部嘉幸(2018.4)「非情の受身」のバリエーション:近代以前の和文資料における

岡部嘉幸(2018.4)「「非情の受身」のバリエーション:近代以前の和文資料における」岡﨑友子他編『バリエーションの中の日本語史』くろしお出版

要点

量的に少ないとされる近代以前和文の非情の受身(非情物主語の受動文)が、大きく以下の2つのタイプに分けられることを論じる

非情の受身①=A<擬人化>タイプ、B<潜在的受影者>タイプ…実質的には人格的主語者への影響を語るもの

非情の受身②=C<発生状況描写>タイプ…ある動作の結果、対象物(モノ)の身の上に発生している状況を語るもの(p.171)

金水(1991)*1の分類

  • 中古以下のバリエーション

    • a 一時的・遇有的状態・事態を表す
      • ア 主語の個体としての同一性が事態に依存:すずりにかみのいりてすられたる
      • イ 主語の個体としての同一性が当該事態を超えて特定可:みつある船、ふたつはそこなはれぬ
      • ウ 主語が特定の種全体:楠の木は…恋する人のためしにいはれたるこそ、
    • b 種や個体の恒常的・本質的属性を表す:なほざえをもととしてこそ、大和魂の世に用ゐらるる方も強う侍らめ
  • これは述語の意味的類型の分類→主語名詞句の意味的類型の分類だが、一方で、

    • aイとbの例はいずれも潜在的受影者を想定できるという点で共通する
    • aアは知覚された状況を描写するという点で異質

非情の受身の類型化

  • 以下の類型化が可能
    • A 擬人化タイプ:おそき梅は、…けおされて、
      • 主語は非情物でありながら、人間扱いされており、通常の受身と変わらない
    • B 潜在的受影者タイプ:かの明石の舟、このひゞきにおされて
      • 所有者・所有物、人・性質といった関係性
    • C 発生状況描写タイプ:御几帳の、しどけなく引き遣られたるより、
      • 助動詞リ・タリが用いられやすい(小杉1979)*2
      • 尾上(2003)*3の「出来文」
    • 漢文訓読の影響があるもの、個体の属性を表しながら、潜在的受影者を想定できないものなどの例外がある

まとめ

要点再掲

非情の受身①=A<擬人化>タイプ、B<潜在的受影者>タイプ…実質的には人格的主語者への影響を語るもの

非情の受身②=C<発生状況描写>タイプ…ある動作の結果、対象物(モノ)の身の上に発生している状況を語るもの(p.171)

  • ①(A・B)は実質的には有情物主語受身と変わらない
  • ②(C)は受身の規定によっては受身と呼べなくなる

*1:金水敏(1991)「受動文の歴史についての一考察」『国語学』164

*2:小杉商ー(1979)「非情の受身について」『田邊博士古稀記念 国語助詞助動詞論叢』桜楓社

*3:尾上圭介(2003)「ラレル文の多義性と主語」『月刊言語』32-4