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言語学(主に日本語文法史)の論文を読みます

杉山俊一郎(2018.5)動詞「むくいる」の格支配について

杉山俊一郎(2018.5)「動詞「むくいる」の格支配について」『論輯(駒澤大学)』44

以下と関連して、動詞の格支配について hjl.hatenablog.com

問題

  • 「むくいる」の格支配のあり方について
    • 現代語は「~報いる」
    • 古代語は「~報ゆ」
  • この交替は、
    • 格助詞の意味・機能の変化によるものか?
    • 動詞の語義によるものか?

類別

  • 基本的には「(相手ノ)対象ヲ報ゆ」
    • 朕一人を昇げ賜ひ治め賜へる厚き恩も、朕が世には酬い尽し奉る事難し(続日本紀宣命
    • 報イむとして供養(せし)メ(最勝王経古点)
  • 院政期以降、「対象・感情ヲ報ゆ」
    • 年来ノ酬テ皇子ヲ殺サム(今昔)
  • 相手をニ格で表す「相手ニ対象ヲ報ゆ」
    • 我レニ酬ムトテ、(今昔)
  • 抄物では対象を明示しない「相手ニ報ゆ」
    • 先帝報ルコトモナク(史記抄)
  • 以降、対象をニ格で表す「(相手ノ)対象ニ報ゆ」も目立つようになる
    • ムクインニハ御待アレ(四河入海)

気になること

  • ガ格成分も一定でないっぽい
    • 現代語では「後藤の恩むくいる方法はないかと」(冒頭例)のように人が主体だが、次のような例がある*1
    • 親の因果報い姉の因果報ふ。(花の志満台)
    • 親の因果報い、今その形貌になりながらも、猶も悟らぬ愚者。(いろは文庫)
  • 山本(1993)*2の「教ふ」の事例にも触れておきたい
    • 中古和文では「相手ニ物事ヲ教ふ」
    • 訓読文ではこれに加えて、「相手ヲ教ふ」
  • 格支配の問題としては他に、
    • {を・に}換ふ/{を・に}着換ふ(前記事)
    • 恐る
    • 背く
    • 過(よ)ぎる
    • 問ふ
    • 別る
  • 近世資料として挙げられているのが醒睡笑、折たく柴の記雨月物語椿説弓張月、恋のそめわけ*3で、一体なぜこのセレクトなのか
    • 怨を報はんと様々の艱難。(仮名手本忠臣蔵
    • 因果はみな子に報ふと思ふては気をとり直し(明烏後の正夢)
    • ちなみに折たく柴の記は対象ニ格表示が多く、雨月はヲ格のみ、弓張月はヲ:ニが7:3らしく、雅語をやれてないなという感じがする

*1:これは格の問題よりも、「報ゆ」の意味の方の問題として捉えるべきか?

*2:山本真吾(1993)「平安時代に於ける動詞「をしふ(教)」の意味用法について :訓点資料の用例に注目して」『訓点語と訓点資料』92

*3:この一例は地の文