鴻野知暁(2010.12)ゾの係り結びの発生について
鴻野知暁(2010.12)「ゾの係り結びの発生について」『国語国文』79-12
要点
- ゾの係り結びの成立に注釈説を想定する
- ただし、カの注釈的説明(原因・理由)と必ずしも同一視できない点があり、ゾの場合はそれを「体言ゾ」の説明性に求める
係り結び成立諸説とゾの係り結び
- ゾの係り結びについて問題となるのは、
- 1 なぜゾが文中に現れるか
- 2 なぜ文末述語が連体形か
- 倒置説:…連体形…ゾ→…ゾ…連体形
- 1「ゾの文末用法が倒置によって文中に移動」
- 2「連体形述語はもともと題目で、体言相当の準体句として機能していた」
- 挿入説
- 1「疑問や強調の意味を明確にするために、喚体旬中にカやゾといった助詞が挿入された」
- 2「元々、喚体句相当の連体形終止文」
- 注釈説
- 1 「「…ゾ。」または「…力。」という文が、注釈的説明として、喚体句の前に置かれた」
- 2「元々、喚体句相当の連体形終止文」
倒置説
- 大野(1993)説
- 「N(ハ)…ゾ → …ゾNハ」と
- 「連体(ハ)…ゾ → …ゾ連体ハ」の並行性を想定
- 実例を見ると、
- 名詞(ク語法含)の方はわりと例が出るが、
- Nハ、…ゾ(打棄つる人は…物思ふものそ) → …ゾ、Nハ(相飲まむ酒そ、この豊御酒は)
- N、…ゾ → …ゾ、N
- 名詞(ク語法含)の方はわりと例が出るが、
- 連体形の方は例数が少ない
- 連体ハ、…ゾ → …ゾ、連体ハ
- 連体、…ゾ
- 「一例しかないBの「連体、…ゾ」を以て、その倒置から「…ゾ、連体」という係り結びが生じた、というのは相当に無理がある。」(p.41)
注釈説について
- 野村(1995、2002)説連体形終止文による喚体句が、「実事的事態」を表すとする
- 二文連置構造:手触れし罪か君に逢ひ難き
- 二文連置→係り結び:―つなれかも三河なる二見の道ゆ別れかねつる
- 「原因カ事実句」なので係り結びとも取れる
ゾの係り結び
- カと異なり、ゾが理由句(已然形ゾ、ミ語法ゾ、なぞ)につく例は少ない
- 「体言ゾ」が理由句と同等性格のものとして用いられたと考える
- (i)「体言ゾ」は、
- 連体修飾句の修飾部が長く、「上部が重い」
- 他者に対しての説明的な性質(「カ」のような自問的な性質ではない)
- 連体部分に情意形容詞がなく、状況説明に偏る
- つまり、体言ゾは喚体的性質と述体的性質を併せ持つ
- 喚体的:主語を補いがたい点に求められる
- 忍びて君が言待つ我ぞ(→?我は…我ぞ)
- 述体的:連体修飾句の説明的なあり方に求められる
- 喚体的:主語を補いがたい点に求められる
- (ii)「ゾ+命令/禁止」に至って、働きかけが強く認められる
- うぐひすの鳴く我が山斎ぞ止まず通はせ
- これは、呼格体言が後続文内と格関係を持ち(山斎に止まず通はせ)、ゾ喚体句が後続文の理由説明になるもの
- すなわち、(i)ではゾ喚体句内部で説明・被説明の関係性があるが、(ii)では文と文との間にその関係が存する
- (iii)体言ゾ…連体形終止句
- 夕されば君来まさむと待ちし夜のなごりそ今も寝ねかてにする
- 長い連体修飾句がかかること、主語が存在しないことにおいて(i)的性質
- 「なごりのせいで寝がたい夜が多い」という理由説明である点において(ii)的性質
- 二文連置と係り結びの中間段階にあるものと見る
- (iv)体言ゾ…連体形終止句(固定化が進んだ)
- 手火の光ぞそこば照りたる
- 格関係を持っている(主語と解釈される)点において、(iii)とは異質
- 「上部」が重く、詳細な説明であること(i)、説明・被説明の関係である(ii)(iii)点で、二文連置的な性質を残す
- 体言ゾが文末述語と格関係を結ぶ(格関係による一文化)ことで、係り結びの構造が成立すると考える
- 格関係による一文化は、
- (ii)「…茅花そ。(その茅花を)召して肥えませ」と同様に、
- (iv)「…君そ。(その君が)夢に見えつる」の「君ぞ」と「君が」が一体化したことによる*1
- さらに連続するものとして、
- (v)場所句…体言ゾ+連体形
- 我が居る袖に露ぞ置きにける
- 述語動詞の動作性がさらに希薄に(存在の方に重点)
- (vi)連用修飾句ゾ…連体形
- 長い連体修飾句部が上部に来る(iv)に連続
- (v)場所句…体言ゾ+連体形
*1:ここは一体的に解釈されると理解するより、「喚体句が格関係を他と持たないこと」こそが「他と格関係を持てる素地を持つ」(そういう解釈を与える余地がある)こととして理解した方がよいように思う