近藤要司(2019.3)『万葉集』のハモについて
近藤要司(2019.3)「上代の感動喚体句について(2)『万葉集』のハモについて」『古代語の疑問表現と感動表現の研究』和泉書院(1999「係助詞の複合について(3)『万葉集』のハモについて」『金蘭国文』3)
要点
- 助詞ハは文末用法がないが、ハモは文末用法がある、このことについて考える
- 1 ハヤ・ハヨと共通して語られてきたが、異なる点もある
- 2 上接体言が連体修飾部を持つことが多い
- 3 「遥かなものへの哀惜」を表現することが多い
- この3点とハ・モの複合の関係、カモとの関係について考える
- 1について、ハモは感動喚体句的、ハヤ・ハヨは呼びかけの一語文に下接するという点で大きく異なる
- ハモの全体像を見ると、
- 文末ハモはすべて体言下接で、~シNハモ、~ラムNハモ、~マシNハモはあるが、カモにはそれがない
- 文中ハモは、対句で使われることが多く(~夜ハモ~昼ハモ)、対比の色合いのない場合は基本的に文末ハモと連続性がないが、連続的なものもわずかに見られる
- 文中で主語としてあったものが、述語が省略されて呼格的な用法に広がったと考える
- 以下、「遥かなものへの哀惜」とハ・モの関係について考える
- ハヤ・ハヨのハは、その排他性によって「かけがえのないもの」として際立たせる役割を持ち、
- 今はよ今はよああしやを今だにも…(紀)
- ハモのハもその意味を示すものと考えたい
- モは文末助詞として安定しにくいハを安定させる機能を有しているが、主述の結合も必要(単なる一語文ではありえず、連体修飾の構造を取るのはこのため)
- ハヤ・ハヨのハは、その排他性によって「かけがえのないもの」として際立たせる役割を持ち、
- カモとハモ
- カモは「話者内部に醸成された情意や評価の対象として模索されたもの」を体言としてとるので、眼前に存在しないものを対象とする例は少ない
- ハモの連体修飾部にラム・シが見られるのは逆に、対象が眼前にないものを示すことの反映
雑記
- そういや10万円いつもらえるんや?