小林賢章(1991.5)二段活用の一段化時期
小林賢章(1991.5)「二段活用の一段化時期」『語文』56
要点
- 近世の一段化について、従来の延享頃完了という説の再検証
- 関東では先行していたこと、上二段が先行したこと、一音節動詞が先行したことにより、問題となるのは、京阪における、下二段動詞の、二音節以上の動詞の一段化の完了時期
- 補註蒙求国字解[1778]、唐詩選国字解[1791]を見ると、
- 前者ではミエルの例はほぼなく、一方で後者は一段化が完了している
- こうした問題を扱い際に、出版年次に引っ張られすぎたのではないか
- 心学道話として、手島堵庵の「有べかかり」と布施松翁「松翁道話」を見ると、
- 堵庵には起こらず、松翁には起こっている
- 手島堵庵は1718生、布施松翁は1725生で、出身地、身分には差異がない
- 上方狂言本や噺本にも用例は見られる
- 比率としては低いが、現れるということは、「ほぼ完了していた」と見てよい
- 「むしろ一つでも、その結果を示すものがあればそうした変化は起こっていたと考えてよい」*1ので、延宝8[1680]頃にはほぼ完了したものと考える
- さらに、書く人の年齢を考えればさらにさかのぼり、中世から近世にかけての変化だったと言えるか
- 本調査では、語幹の音節数による差異は認められない
- であるから、助動詞が動詞の一部として認識されたために助動詞の一段化が遅れたものと考えることはできない
- 終止形の語形の安定性が崩れたことによって、意味の留保が難しい語幹単音節動詞でまず一段化が起こり、それが波及したものか
雑記
- 猿にシャーロットって名前つけて話題になった動物園のサル山で、猿がストライキをしている(みんな木の実を取りに山に帰ってしまった)というニュースを見ている。もうこういうニュースだけ見ていたい
*1:やや揚げ足とりになってしまうが、そうであれば鎌倉期の一段化例を一段化完了として認めるか、と言われればそんなことはないだろうと思う。このとき、語幹安定化のための創出との区別をどう考えるのか?