ronbun yomu

言語学(主に日本語文法史)の論文を読みます

坂詰力治(1990.2)室町時代における「こそ」の係り結び

坂詰力治(1990.2)「室町時代における「こそ」の係り結び」『近代語研究』8

要点

  • 「こそ」の係り結びの崩壊の過程について

文語資料において

  • 文語資料として、謡曲車屋本)、曽我物語(大山寺本)
  • 文語資料はどちらも9割弱が正しく係り結びされている
  • 結びの流れでない、乱れの例は、形容詞・形容動詞の例はなく、助動詞の例が目立つ
    • さればこそ猶執心のえんぶの涙とは、今は此世になき人の詞。(謡曲
    • 空しく止まりなんこそ悲しかるべし。(曾我)
  • 結びの流れの形式は多様
    • 逆接の含意が「こそー已然形」によるものであるという意識が薄れ、ば、ども、などを直接続けることによるもの
      • よし余所にてこそみよしのの、花をも雲とみなせども、…(謡曲
        • ほか、が、に、ものをなど
    • こその結びに体言がついたために活用語が連体形になった例
      • さればこそ内や床しきを引きかへ、内ぞゆかしきとよむ時は…
    • 「こそーよ」「こそーな」など
    • 「係り結びの”流れ”の多様な現象が、「こそ」ー已然形という係り結びの法則を崩壊し、やがて消滅させる遠因になったことは否定できない」

口語資料において

  • 口語資料として、虎明本、論語抄(京大本)、天草版平家
    • 比較的文語性が強いもの、中間、口語性強、と捉える
    • 文語資料と比較して流れ、乱れが多い*1
  • 乱れを見ると、
    • 補助動詞の例にいくらか乱れあり、
    • あらまほしは已然形の例がなく、全て「そしる人こそあらまほし
    • 助動詞は結べている例の方が多い
    • らう、ぢや、う、まい、たなど、そもそも已然形にならないもの
    • 「已然形の語形をもたない「らう」「ぢや」のような語が多く結びに立っていることは「こそ」の係り結びの意識がどんなにはたらいてもやがて「こそ」ー已然形の規範意識を弱める結果をもたらしたであろうことは容易に想像される」
  • 結びの流れのあり方は文語資料と同様

まとめ

  • 文語資料のほうが係り結びがよく保たれている
  • 用言における乱れは少なく、補助動詞として用いられるような動詞に限られる
  • 乱れの多くは助動詞で、そもそも已然形を持たない助動詞に多い
  • 一方で、明示的表現が助長される中で起こる結びの流れも、こその係り結びの衰退を促進した

雑記

  • 現代に残る「こそ」の係り結びとして「仰げば尊し」を例に挙げることがあるが、そもそも今はほとんど歌われていないらしい…

*1:天草版の方が口語性が強いのではなく、そもそも原拠本の方で既に「こそ」が乱れている例があり、そこを考慮に入れる必要があると思う。