ronbun yomu

言語学(主に日本語文法史)の論文を読みます

小木曽智信(2010.10)明治大正期における補助動詞「去る」について

小木曽智信(2010.10)「明治大正期における補助動詞「去る」について」『近代語研究15』武蔵野書院.

要点

  • 明治期には以下のようなアスペクト的な「V去る」があり、
    • まだ自己が天理の中に融合し去らない点があり、道を外に求むるためである。(太陽1909-01)
  • 以下のような特徴を持つ
    • 文語記事から口語記事にも進出し、
    • 結局太陽1901-1925にかけて減少する(「口語文においては定着しなかった」)
    • 生産的ではあるが、対象が消滅することを表す語につきやすい
  • 当期の文語論説文に「V去る」が多く使われたのは、以下の理由による
    • ① 明治期文語論説文が助動詞のバリエーションに乏しいこと
      • ツ・ヌはほぼなく、完了はもっぱらタリ・リ、推量もラム・メリなどはなくもっぱらム・ベシであるなど
    • ② 一方、助動詞的な複合辞(かもしれないなど)や補助動詞も用いられない
    • こういった、ツ・ヌが用いられず、かつ、文体的にテシマウも使用できない状況下で、この領域の一部を担う形式として「V去る」が用いられたと考える
      • 口語記事では「V去る」の減少と対照的にテシマウが増加する
      • 現代語の「葬り去る」などの語彙的な複合動詞も、元々はこうした「V去る」が固定化したものだろう

参考

hjl.hatenablog.com

雑記

  • 大学いい話シリーズ