ronbun yomu

言語学(主に日本語文法史)の論文を読みます

坂梨隆三(2015.2)春色梅児誉美の「腹を立つについて」

坂梨隆三(2015.2)「春色梅児誉美の「腹を立つについて」」『近代語研究』18

概観

  • 近世後期に「腹を立つ」という言い方がある
    • おまはんは腹をたゝしつたのかへ
  • 腹が立つ/腹を立てる とありたいところ、以下の見方がある
    • 自他両用の「立つ」を想定し、この「立つ」を四段他動詞と見る
    • 「言葉をたつて」のような例を「たてて」の転と見る
  • 近世以前にも「を立つ」の例はあるが、並行する「を立つる」が優勢
    • いとどことをつけて、はらをたちて、(落窪)
    • かの相手大いに腹を立ち(醒睡笑)
    • 虎明本には「腹をお立ちやる」があるが、これは「お立てある→お立ちゃる」と見るべきもの
    • これが、近世後期になると「腹を立つ」が優勢になる
  • 「立つ」の他動詞用法には「名を立つ」の例もある
    • 語り継ぐべく名を立つべしも(万葉集
  • 同様の現象に「目を開く」「口を開く」もある
    • 目を開くもふさぐもこちのままである(大文典)
    • 他、火を吹く、目を眠る、名を付く、膳をすわる、~を病む、~を痛む

自動詞と「を」

  • 「腹を立つ」には「を+自動詞」の違和感がある
  • 移動動詞(自動詞)ではヲも普通に用いる
    • いつもの道を通る/大空を飛ぶ
  • 「主体の変化がどんな側面で変化するかを表す」用法として、
    • 迷いを晴れる/命を助かる
  • 腹が立つに対して「腹が居る」があるが、これに対しても「腹を居る」がある。これは、「腹を立つ」が既にあったため
  • 古くは格を明示しないので「名立つ」が「名が立つ」「名を立つ」の解釈が可能だが、徐々に「を」と他動詞との結びつきが強くなる
    • 近代日本語の成立過程で、 が:自動詞、を:他動詞、という対応関係における「腹を立てる」に抗えず、吸収されたものか

気になること

  • 「かつては腹を立つがあったが格が明確化されてなくなった」という話のようだが、それだと近世以前には を立つ/立てる(立つる)の両方があり、立てるが優勢であったのに、近世後期ではむしろ「腹を立つ」が優勢になり、結局消える、というところが説明できない
    • 上代のあり方を見れば両用の四段立つから他動の下二段立つが派生したものと考えられるので、他動詞は上代に四段立つ、中古~近世前期に下二段立つ(立つる)、近世後期に四段立つ、近代?に下二段立てる、となるわけで、これはめちゃくちゃいびつだと思う。どういう仕組みだろう

雑記