仁科明(2016.6)「状況・論理・価値:上代の「べし」と非現実事態」『国文学研究(早稲田大学)』179
- 以下前提を前稿(仁科2016.3)から
- 事態のあり方への把握と述べ方について、
- まず、発話時を基準とした上での現実領域に属するか非現実領域に属するか
- 現実について積極的な主張を行うものを「確言的叙述」、非実現領域について想像の表明に留まるものを「臆言・想像的叙述」とする
- 述べ方には既然・過去のことと、現在のことの3通りがあることになる
- さらに、未確認かどうか、という区別もある
- 過去・現在・非現実、既確認・未確認、確言・臆言のうち、組み合わせがありえないものを除き、述語形式と対応させると以下のようになる
- 「べし」は非現実事態・確言(何らかの根拠をもって積極的に主張される)に位置付けられる
「べし」の用法外観
- 根拠のあり方として、
- A (直前)状況が根拠となるもの:瀧の上の桜の花は咲きたるは散り過ぎにけり含めるは咲き継ぎぬべし
- 様相的推定、「連用ソウダ」の訳
- 典型的な推論関係というよりは、裏返しの関係にある
- ここから展開するものとして、比喩・誇張の用法がある
- 常人の恋ふと言ふよりは余りにて我は死ぬべくなりにたらずや
- 客観的にはそもそも起こりそうにない事態だが、眼前状況から、「極端な事例が成立してもおかしくない」ことが表現されている
- B 論理・法則・予定が根拠となるもの:万代に照るべき月も雲隠り苦しきものぞ逢はむと思へど
- 一般的な言明や推論に支えられて主張が行われる。「推量」や「当然」とされるもの
- 経験を超えた知識や信念、季節や人の性質などの経験則、人為的に定められた予定などが主張の根拠となる
- C 価値・規範が根拠となるもの:ますらをは名をし立つべし後の代に聞き継ぐ人も語り継ぐがね
- 当為の用法で、これがコントロール可能な主体に向けられる場合に、要求・許可・願望などの意味を実現する
- A (直前)状況が根拠となるもの:瀧の上の桜の花は咲きたるは散り過ぎにけり含めるは咲き継ぎぬべし
- これらのA~Cの特殊ケースとして、いずれかとの連続性が見て取れるものがある
- X1 可能は、AともBともCとも共通する
- X2 危惧・行為不可避の状況と取れる例があるが、これはA・Bと共通する
- ちはやぶる神の斎垣も越えぬべし(=越えかねない)今は我が名の惜しけくもなし
- 白たへの袖別るべき(=ねばならない)日を近み
- 可能に準じて、「望んでいない事態」という一定の条件下において非現実事態の成立を述べることに伴い生じうる含意と見る
- 「望んでいない」ので、Cの場合には含意されない
- それぞれの関係、位置付けを改めて考えると、
A・Bは、「現実の状況の今後の成り行きに関する主張の根拠となる」点で価値に基づくCとは異質であるが、B・Cは「経験とは別の次元から規定するもの」が根拠となる点で共通し、Aとは異なる
- これらが全体として、非現実事態の成立の保証という括りになる
- Xはこれらの含意として現れるもの
雑記
- これの存在を10年ぶりくらいに思い出した
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