三宅知宏(2015.11)「日本語の「補助動詞」と「文法化」・「構文」」秋元実治・青木博史・前田満『日英語の文法化と構文化』ひつじ書房
要点
前提
- 前稿では補助動詞の分析に関して、文法化と構文の観点が重要であることを示した
- 構文の必要性が低いという面がある一方で、構文スキーマというレベルで構文概念が重要であること、そしてその形成にあたって補助動詞が重要な役割を担うことを検証する
受益構文
- 英語の二重目的語を、日本語は文型だけで表すことができない
- John baked Mary a cake. / John baked a cake for Mary.
- *太郎は花子にケーキを焼いた / 太郎は花子のためにケーキを焼いた
- 太郎は花子にケーキを焼いてやった
- というより、通常はテヤルの後接によってもニは生起可能にならないので、与格名詞句の生起可能性の説明がポイントになる
- *花子は太郎に服を洗濯してやった
- これを「与格生起型受益構文」と呼び、考察する
- 動作動詞、働きかけ動詞、移動動詞、対象変化動詞は非文法的で、
- *花子は太郎に神を信じてやった
- 何かを生産する(対格名詞句がその生産物)「作成動詞」が適格になる
- 動作動詞、働きかけ動詞、移動動詞、対象変化動詞は非文法的で、
- 「テ形動詞が作成動詞の場合、与格生起型受益構文が可能になる」という仮説が立ち、以下のように説明される
- 作成動詞の特性は、事態の最終状態において、対格名詞句が存在していることが表されること
- 本動詞ヤルは、対格名詞句の内容が与格名詞句に移動することを表す
- このヤルの性質が補助動詞ヤルにも残されている場合、作成動詞であるテ形動詞によって作成され、対格名詞句の内容がヤルの移動物とみなされ、移動が表される
- その結果、与格名詞句が生起できる
- 「作成動詞」とみなされない場合も、一種の生産物と見なされる
- 花子は太郎に本を読んでやった(声が生産物)
- 花子は太郎に布団を敷いてやった(寝床が生産物)
- これは言語外の文脈を参照しなければならない点で、作成動詞とはレベルが異なる
- 構文スキーマ(当該の「構文」自体が持つ抽象的な成立条件)は次のように仮定される
- テ形動詞によって存在するようになったモノが与格名詞句に移動する
- 作成動詞以外の場合でもスキーマに適合する場合に構文が成立するので、このようなレベルにおいては、日本語における構文概念の重要性が示される
- 他、テアルによる「存在型状態化構文」、オ~スルによる「謙譲構文」もまた、構文スキーマによる分析が可能であることを示唆
結果構文
- 補助動詞自体が持つ形態・統語的性質によって構文の形成が阻害される事例
- 日本語においては、非変化動詞において結果構文が不可能
- 太郎はその窓を粉々に壊した / John broke the window into pieces.
- *太郎はその金属を平らに叩いた / John pounded the metal flat.
- *太郎はその運動靴をボロボロに走った / John ran his sneakers threadbare.
- ここでは、変化構文相当の意味を表すための形態が、日本語には存在できないことを示す
- 補助動詞「てした」が不可能(*太郎はその金属を平らに叩いてした)
- スルは確かに対象変化を表すが、語順に一定の制約がある
- 太郎は息子を立派な医者にした / *太郎は立派な医者に息子をした
- これは認識動詞における対格名詞句の認可と並行する
- 太郎は花子を美人だと思った / *太郎は美人だと花子を思った
- すなわち、スルは単独で対格名詞句を認可するのではなく、結果述語+スルというまとまりで認可している
- 非意図的なスル(*おとなしく、太郎がした)も同様か
- 以上、結果述語のスルには隣接性の条件があり、一方、補助動詞として用いるとVテによって分断されてこの条件が破られるために、テスルが存在せず、変化を形態的に付加することもできない