ronbun yomu

言語学(主に日本語文法史)の論文を読みます

乾善彦(2011.3)『三宝絵』の三伝本と和漢混淆文

乾善彦(2011.3)「『三宝絵』の三伝本と和漢混淆文」坂詰力治編『言語変化の分析と理論』おうふう

要点

  • 三宝絵の諸本の関係性と、それを通して見る和漢混淆文のあり方について

前提

  • 源為憲撰『三宝絵』(永観2[984]成)三伝本
    • 平仮名本
      • 関戸本(保安元[1120]記)と東大寺切、献上本に近い形態か
    • 漢字片仮名混じり本
      • 観智院本(文永10[1273]写)、上巻は片仮名宣命書、中下巻は片仮名本行。取り合わせ本か、もしくは書写態度の違いに過ぎないか
    • 真名本
      • 前田本(正徳5[1715]覆模、原本は寛喜2[1230])、単に漢字を集めてできたわけではなく、真名本としての表記体をとっている
  • 三本の関係は、漢文ないし変体漢文の草稿本が想定されているが、表記体の選択は考慮に入れる必要あり
    • 中巻は日本霊異記の説話によるものが多く、それをわざわざ他の漢文・変体漢文に書き直すことはしないのではないか

三本対照

  • 中巻第4「肥後国ししむら尼」(霊異記下一九縁に基づく)の三本対照を行うと(具体例は論文参照のこと)、
    • 文の切れ続きにおいて、文の長さによる指向は認められない
    • 助詞・助動詞に関して、観智院本・関戸本それぞれに訓読文的要素がある
      • わかみかとにむまれたるしゝむらいにしへになすらふへし(関)/我朝ニ生タリケル肉園古ニナスラヘヘシ。(観)
        • 観智院本に訓読にあまり見られないケリ・モの使用、一方ツ、文末のトなど、訓読文的傾向もあり
    • 語句の出入りに関しても同様
      • そもそもうたかひある(ことなんある)とひまうさむとて(関)/抑説給経ノ文ニツイテスコフルウタカヒアリ。スヘカラク、アナカチオホッカナサヲアキラメムト云テ(観)
        • 観智院本独自本文はわざと漢文訓読語を連ねる。関戸本は訓読にほぼ用いられない係り結びがある。
      • 概して、観智院本に語句が多い場合には、漢文訓読的要素が強い
    • 語種、音形、語句・表現についても検討した上で、
  • 全体的に漢文訓読的要素があり、同時に漢字片仮名交じりの観智院本に和文的要素があることは、共通粗本の平仮名本において漢文訓読的要素と和文的要素とが混交していたことを窺わせる

和漢混淆文の問題

  • 平安時代において和文と訓読文が対立的に捉えられることは築島(1963)によって明らかにされているが、
  • 和漢混淆は書記において、表記体としては起こっていたが、変体漢文が日本語の文体として確かであったかどうかは疑問
  • 正倉院仮名文書、二条大路出土文書木簡は、奈良時代の官人の言葉に既に漢文ないし漢文訓読的要素が多く混在していたことを示すので、
  • 古代から和漢の混淆は常に起こっており、むしろ和漢の混淆でない和語をどこに求めればよいのかが問われる
    • 「漢文訓読的な要素が強い官人たちの日常の書きことばの上に、のちに和文の特徴とされる要素(実態はわからないが、語りのことば、生活のことばに近いものか)が混淆する形で和文が成立したということが考えられてよい。」

まとめ

  • 三宝絵諸本の関係性は以下のように考えられる

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p.100

  • 三宝絵は単なる霊異記の訓読ではなく、
    • 霊異記の訓読に対して三宝絵の潤色がある
    • 漢文訓読的要素の混入は必ずしも「漢文ないし変体漢文の草稿本」を意味しない(→和漢混淆文の問題)
    • むしろ草稿は平仮名本で、漢文訓読文が平仮名本で書かれたことによって和文的要素を多く含むようになったもの
    • さらに、平仮名本をもとに漢字片仮名交じり本へと表記体が変換される
      • 仏教的要素が強く、そういった場で変換されたために訓読的要素が強いものか
    • 真名本も平仮名本をもとにしたもの