山本淳(2003.6)「仮定・婉曲とされる古典語推量辞「む」の連体形:『三巻本枕草子』にある「らむ」「けむ」との比較を中心に」『山形県立米沢女子短期大学紀要』38
要点
- 枕草子を用いた連体ムの検証により、以下の点を指摘
- 連体ムに積極的な仮定の意味を認める必要のないこと
- 話者の主観に基づいて「未確認の事実」であることを明示する形式であること
枕草子の連体ム
- 中古和文において、連体形ムは頻繁に用いられており、しかるべきところでは省略されることが少ない
- 連体形のムの枕草子の諸本を見ると、3本(三巻本・能因本・前田本)に共通してムのある例が、一致しない例よりはるかに多いことによる
- 連体ムの現れる環境を、それが連体か準体か、また、それがかかる文節の表現によって分類する
- I 連体 II 準体
- A 推量 B 疑問 C 命令 D 希求 E 平叙
- と、推量表現と結びつくムの例が相対的に多いことが分かり、このことは、「連体形「む」は、相関する文節に含み込まれている推量辞に支えられ、その推量性を保っている」ことを意味する*1
- ので、疑問・命令・希求にも展開し得る
- 下接語について、連体の場合に人、事(形式名詞)などが多く、準体の場合はハ・ニ・ヲ・モなどが多い。仮定条件句を構成するものはこの段階では見られないので、仮定の意は積極的には認められない
- ラム・ケムをムと比べると、(現在・過去のことを命令・希求することはできないため)命令・希求には展開せず、平叙に繋がりやすい
- 準体の場合、ラムはモ・φが多く、ケムはコソ・φが多いという傾向差があるが、理由は定かではない
- 連体ムが他の語(文のタイプ)との共起関係にあるのか、それとも話者の主観に基づいて恣意的に用いられるのか、という問題について、連体ムは推量・疑問・命令などが要求するのではなく、「話者の主観に基づいて、「未確認の事実」であることを明示する必要があると判断された時」に現れるものと考える
雑記
- 週末は神戸
*1:これはA~Eだけを比較しても仕方なくて、総量との比較が必要であろうと思う