小柳智一(2019.3)孤例の問題:規範と文法変化
小柳智一(2019.3)「孤例の問題:規範と文法変化」『国語学研究』58
前提
- 孤例について考える
- 体系における規範的形態でないものを亀井孝は「慣用」とするが、(規範もまた慣用の一種であるから)ここでは「非規範」として考える
- 規範と非規範は正誤の対立ではなく、
- 非規範形は文体的対立(俗用形)や、古体、臨時形として使われる
- 俗用形は使用範囲の拡大によって規範形と競合し、交替することがあり、ときに体系変化にも及ぶ
- 例えば、二段活用の一段化は規範形の交替であって体系の項同士の関係は変化しないが、
- 終止形と連体形の合一は体系の項同士(終止形と連体形)の関係が動く
- すなわち、俗用形は直接には体系には影響せず、規範にしか影響しないのだが、体系が規範形間に内在するために、体系に改編をもたらすことも有り得ると(二段構えで)考える
「来」の命令形
- この規範形・非規範形の交替という観点から「来」の命令形について考える
- 概略、以下の表の通り
- Ⅱ期に俗用形「こよ」が規範形「こ」との競合を経て新規範形となり、
- これは弱活用形の「よ」に統一することで全体の機能的利便性が高くなったために採用されたもの
- Ⅲ期に俗用形「こい」が規範形「こよ」と競合し、新規範形となる
- Ⅱ期に俗用形「こよ」が規範形「こ」との競合を経て新規範形となり、
孤例の問題
- 孤例が誤記でないとき、以下のような場合が考えられる(p.13(19))
- 孤例が規範形の場合:表現自体に孤例になる理由はなく、内容的にその表現を使う機会がないと、結果的に孤例になる。(10Cの「こ+よ」)
- 孤例が非規範形の場合:文体的に低い価値づけのため、文字に書く時には規範意識が慟いて避けがちだが、規範から漏れると、孤例として現れる。(抄物の「こい」)
- 孤例が古体形の場合:文体的に古風な価値づけのため、通常は使用しないが、伝統的な詞章や古風な文学的表現などで使われると、孤例として現れる。(中古地の文の「し~ば」)
- 臨時形は通常現れないが、「死ぬ」の已然形にその事例がある
- 「死許曽」(3852)は現行では「死ぬれこそ」であるが、尼崎本(12C末-13C初)では「しなばこそ」と訓まれ、「しねばこそ」の朱がある
- 「死なば」は歌意が通らず、「死ねば」は四段の死ぬが現れる時代(18C-)に合致しない
- これを、四段「死ぬ」が当時もあったと見なす見解*1があるが、これは字余りにならないようにやむを得ず案出した臨時形ではないか。すなわち、
- 孤例が臨時形の場合:本来は資料に現れないはずだが、特殊な事梢があれば現れることもありえ、その時は必然的に孤例になる。
雑記
- 今年はがんばりましょうね3