ronbun yomu

言語学(主に日本語文法史)の論文を読みます

大坪併治(1982.5)原因・理由を表はす文末のバナリについて

大坪併治(1982.5)「原因・理由を表はす文末のバナリについて」『訓点語と訓点資料』67.

要点

  • 以下の已然形バ+ナリが、上代にはなく、中古には和歌、和文(散文)、訓読文に見られる。この文体間の差について、比較考察を行う。
    • 吹く風の色の千種に見えつるは、秋の木の葉の散ればなりけり(古今290)
  • バナリのバリエーションを以下のように設定する。

p.124

  • 和歌の場合、すべてがバナリケリで、男性の例が多い。
  • 散文の場合、A-Fのすべてが用いられており、和歌に比べて種類が豊富である。
  • 訓読文の場合、
    • A(基本型)ばかりで、変化型が一つもない。
      • 「その原因・理由はかうだとはつきり言ひ切つて、他のことは考へない態度である。知的な理解を主として、情意の表現にまで注意を払はない、訓読文の特徴が、ここにも現はれてゐるやうである。」
    • 訓読文のバナリは、「和歌ほど単調でないにしても、やはり変化に乏しく、表現が貧しい」
    • なお、バゾは、和歌にはなく、和文と訓読文にのみ現れる。
    • 訓読文にはユヱニナリ・モテナリもある。ユヱニナリは特定の字の訓読、モテナリは為字以外に補読される場合もあり、バナリは文意によって補読するのが常である。
  • 「~バナリ」は理屈っぽく、国語本来のものではない翻訳文法とも考えられるが、和歌・散文にも用いられることを考えると、「和文を中心として、和歌にも訓読文にも用ゐられる共通語であったと認めざるを得ない」
    • このことは、築島(1963)が、和歌にはバナリケリしか見られず、バナリが訓点特有語であると考えるのと異なる結論になる。

雑記

  • まじで大体言われてて泣けてきた