ronbun yomu

言語学(主に日本語文法史)の論文を読みます

楊瓊(2017.12)原因理由を表す「によりて」について:漢文訓読の影響をめぐって

楊瓊(2017.12)「原因理由を表す「によりて」について:漢文訓読の影響をめぐって」『表現研究』106*1

要点

  • 原因理由を示すニヨッテが「おかげで」のようなプラスの意で用いられるようになるのは、漢文訓読(特に仏典)のおかげ

ニヨッテ成立説諸説

  • 漢文訓読の影響説(築島1963)
  • 日本語内部での発達説
    • 山口(1993)*2:動詞「よる」の「頼る」の意→「~次第である」「~に左右される」
    • 陳(2005)*3
      • 「好意を寄せる」の意の「よる」が「によって」で表れた際に中止形とも接続助詞的形式とも取れるために、後者へ派生した可能性
      • 既に存在した「根拠」のニヨッテから派生した可能性
    • 楊(2017.1)*4:「よる」が具体的接近→抽象的接近(心がよる)へと抽象化→「名詞+により」で後続表現の述部にかかり、接続表現化

ニヨッテの評価性

  • 和文系統では中古に至ってもほぼマイナス(2節)、訓読文系統でプラスが現れ(3節)、和漢混淆文で受容される(4節)
    • 繁きによりて(尓因而)[=のせいで]淀むころかも(万630:例1)
    • 此は一切の功徳善根に依(り)て〔而〕生起すること得。(最勝王経古点:例14)
    • 金剛般若経ヲ転読シ給ヒシヲ聞シ功徳ニ依テ、今、人間ニ生ズル事可得シ。(今昔7-10:例22)
  • 「頼る・助く」の意を持つ「依」をニヨリテと訓読したことにより拡張したものと捉える

気になること

  • マイナスのものに「依る」ことができなかったのであればそれはニヨッテの問題ではない、本動詞の例を見ても善い感じのものに「依る」例に偏っている
    • なので、ニヨッテに限らない、ヨル全体の問題として起こっていることと認識したほうがよいか
    • 悪いものに「因る」「由る」本動詞の例を挙げておく
      • 身有ルいは皆煩惚に因ルことを。(成実論16)
      • 故(に)知(る)四生の差別は皆貪愛に由ルこと(を)。(同)
  • ニヨッテ成立に関して、かなり早い段階で本動詞の「因る」が「起因」の意で因果関係を構築することに留意する必要があるのでは(例は全て成実論巻13)
    • 又諸の悪道は皆不善に因ル。
    • 又諸の煩悩の生することは皆〔於〕貪に因(り)てなり。
    • 「因故」の訓も気になる
      • 若(し)心決定する是を籌量に因ル故の欲愛と名(づ)く。
      • 守護するに因(る)が故に鞭杖刀鞘等を備(ふ)。
  • 「プラスのことは言えないという制約が最初からかかっていた」とするとその背景事情の説明は難しいので、「非プラスからプラスへ」よりも「マイナスから非マイナス(ニュートラル&プラス)」という拡張の方がしっくりくると思うのだが、実態はそうではないらしい

*1:平成29年度 漢検漢字文化研究奨励賞に同内容の論文あり

*2:山口佳紀(1993)「続日本紀宣命の文体と漢文訓読」『古代日本文体史論考』

*3:陳君慧(2005)「文法化と借用 : 日本語における動詞の中止形を含んだ後置詞を例に」『日本語の研究』1-3

*4:楊瓊(2017.1)「原因理由の接続表現「により(て)」について:その文法化と文体とのかかわり」『日本言語文化研究 』21