ronbun yomu

言語学(主に日本語文法史)の論文を読みます

百留康晴(2017.3)中古における「~わづらふ」の文法化について

百留康晴(2017.3)「中古における「~わづらふ」の文法化について」『国語教育論叢(島根大学)』26

要点

  • タイトルまんま

中古の「~わづらふ」の分類

  • A 病気になる
    • 乱り脚病といふ物ところせく起り患ひ侍りてはかばかしく踏み立つることも侍らず(源氏・若菜下)
    • (紫上の病の)すこしよろしきさま見え給ふ時五六日うちまぜつつ、又おもり煩ひ給ふこといつとくて月日を経給ふは、(源氏・若菜下)
  • B 精神的苦痛のうち、
    • B1 動作が実現、並列的
      • この正月の官を召しをだに待て」と、せちに宣ふ。思ひ煩ひて、(平中)
      • 川の水干てなやみわづらふ(土佐)
    • B2 動作が実現、原因・様態:聞く、見るの他、暮らす、居るなど
      • 聞き煩ひ給ひて、(源氏・竹河)
      • 雨の降りぬべきになん見わづらひ侍る(伊勢)
      • いかにして過ぎにしかたを過ぐしけん暮らしわづらふ昨日今日かな(枕)
    • B3 動作が未実現、補文関係:目的を達成するような動作動詞
      • いひわづらひて、消息などするこそ(枕)
      • (少輔は)来わづらひてなん有りける(落窪)
  • C 動作が実現困難:「漏る」のみ
    • 柏木はげにいたく漏り煩ふ。(狭衣)

中古での意味拡張

  • Aはそもそも意味が漂白化していない
  • 特にB1・B2→B3の関係について、B2とB3は以下の点で類似する
    • B2:実行 → 苦悩 → 継続回避・断念
    • B3:試行 → 苦悩 → 継続回避・断念
  • Cは変化の限界点

気になること

  • 吉井(2004)*1の範囲が源氏のみ(かつ複数形式)であるために「「〜わづらふ」における文法化の過程・背景が詳細に明らかにされているとは言い難い」(p.46)という問題意識ならば、中古をより詳しく見るより上代~中世あたりを見るのがスジでは
    • と言っても万葉集には「思ひわづらふ」の1例しかない(p.55)が、
    • 平安極初期訓読文*2で、「悩」の字に「ワヅラフ」の訓をあてた例があるのは興味深いと思う
  • 分類ベースだが、拡張の説明に少し気になる箇所あり
    • B2とB3の中間例が出てきたり、説明に「現にB3に分類される」(p.56)とあったりする(「B3に分類される特徴を持つもの」がB3に分類されるのは当たり前なのでは)

*1:吉井健(2004)「中古における不可能を表す補助動詞:カヌ・ワブ・ワヅラフ・アヘズ」『国語語彙史の研究』23

*2:四分律行事鈔・訓点語彙集成