ronbun yomu

言語学(主に日本語文法史)の論文を読みます

安本真弓(2010.3)古代日本語における形容詞と動詞の対応形態とその史的変遷

安本真弓(2010.3)「古代日本語における形容詞と動詞の対応形態とその史的変遷」『国語学研究』49

要点

  • 対応関係のある動詞・形容詞組について整理
    • 対応関係に3種類(形態としては5種類)
      • 情態言から動詞・形容詞
      • 動詞から形容詞
      • 形容詞から動詞
    • 分布のあり方にも時代差がある

研究史と形態的な枠組み

  • 山口佳紀*1による語形成の4分類
    • 情態言*2→名詞
    • 情態言→動詞
    • 情態言→形容詞
    • 情態言→情態副詞
  • 動詞→形容詞の派生(こふ→こひし)の指摘(釘貫亨*3
  • 動詞性接尾辞による形容詞→動詞の派生(あやし→あやしがる/をし→をしむ)の指摘
  • 以上より、派生に以下の3通りを認める
    • A 情態言から動詞・形容詞
    • B 動詞から形容詞
    • C 形容詞から動詞
  • もっと細かく見ていくと、

A 情態言から動詞・形容詞

  • (ア)一次的な対応関係:しげし・しげる、ただし・ただす、みつなし・みつる
    • 情態言「しげ」+形容詞性接尾辞シ=しげし
    • 情態言「しげ」+動詞性接尾辞ル=しげる
    • 形容詞性接尾辞にはシ・ナシ、動詞性接尾辞はク・グ・ス・ヅク・フ・ブル・メク・ヤグ・ユ・ル
  • (イ)二次的な対応関係:あつし・あつかふ、たひらけし・たひらぐ
    • 情態言「あつ」+形容詞性接尾辞シ=あつし
    • 情態言「あつ」+情態性接尾辞カ+動詞性接尾辞フ=あつかふ
    • 「派生的な情態言を作る」接尾辞(情態性接尾辞)として、カ・ガ・ケ・ゴ・ハ・マ・ラ・ロ

B 動詞から形容詞

  • 「動詞がそっくり派生形容詞の語幹部分に見られるもの」
  • (ウ)一次的な対応関係:いきづく→いきづかし、かく→かきがまし
    • 動詞被覆形「いきづか」+形容詞性接尾辞シ=いきづかし
    • 接尾辞には、ガハシ・ガマシ・シ・ナシ・ハシ・マシ
  • (エ)二次的な対応関係:「はづかし」「はづ」、「めづらし」「めづ」
    • 動詞終止形「はづ」+情態性接尾辞カ+形容詞性接尾辞シ=はづかし
    • 情態性接尾辞として、カ・ケ・ヤケ・ラ

C 形容詞から動詞

  • (オ)あをし→あをむ、うれし→うれしぶ
    • 形容詞語幹「あを」+動詞性接尾辞ム=あをむ(動詞)
    • 動詞化接尾辞として、ガル・ダツ・バム・ブ・ム
    • アに似ているが、形容詞語幹からの派生か情態言からの派生かは、接尾辞の種類によって分類する
  • 以下のように整理される
    • ア:同一の情態言から形容詞と動詞の両方が一次的に派生したもの
    • イ:同一の情態言から形容詞と動詞のうち一方が二次的に派生したもの
    • ウ:動詞を語幹部分に取り込むことによって形容詞が一次的に派生したもの
    • エ:動詞に情態性接尾辞を付し、それを語幹部分に取り込むことによって形容詞が二次的に派生したもの
    • オ:形容詞を語幹部分に取り込むことによって動詞が派生したもの

古代語での実態

  • 上代では、103/222語の形容詞が動詞と対応を持つ
  • 中古では、
    • 上代初出のものは87/148語の形容詞が動詞と対応を持ち、そのうち25対応が中古に新たに生まれたもの
    • 中古初出の形容詞は121/168が対応する動詞を持つ
      • すなわち、中古でも生産的に対応関係が生み出されていた
  • さらに対応関係ごとに見ていくと、
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    (p.116)
    • (ア)上代の方が盛んで、中古になると動詞派生に「より一層造語力を発揮させた」とともに、「あかし」ち「あかる」「あかす」のように、自他対応も生み出した
    • (イ)上代に多く、中古の新出形容詞にはほとんど見られない
    • (ウ)中古の方が盛ん。要因はシク活用に偏ることから説明される。すなわち、
      • シク活用の発生はク活用よりも遅く、
      • シク活用には感情形容詞が多いため、感情形容詞を作るためにウの派生が利用されたと考えられる
    • (エ)は用例が少ないが、上代形容詞にしか見られないことが指摘可能
    • (オ)上代初出の形容詞が中古においてこの対応関係を持ちやすい(上代には派生しない)
      • 例えば「すずし」「かなし」など、「すず」「かな」などの情態言からの派生だが、動詞を派生していないもののための派生
  • 時代別に見ると、
    • 動詞の造語法としては、上代では(ア)(イ)、中古では(オ)に偏り
    • 形容詞の造語法としては、上代では(ア)(イ)、中古では(ウ)に偏り

*1:山口佳紀(1985)『古代日本語文法の成立の研究』有精堂出版

*2:語基一個(キヨ)や語基+接辞(シミミ)、語基の重複(ナホナホ)など、形態的には被覆形的で意味的には情態的なもの

*3:釘貫亨(1996)『古代日本語の形態変化』和泉書院