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言語学(主に日本語文法史)の論文を読みます

岡村弘樹(2017.3)二段活用の一段化開始時期と下一段活用の成立:単音節動詞を中心に

岡村弘樹(2017.3)「二段活用の一段化開始時期と下一段活用の成立:単音節動詞を中心に」『訓点語と訓点資料』138

要点

  • 単音節動詞の一段化が上二段活用と下二段活用で異なる理由に関して
    • 旧上一段活用の存在を想定することにより、一段化が「一段活用と同じ形態になる」変化ではなかったことを示す
    • 同様の旧下一段は成立し得なかったことをもって、上一段化・下一段化の時期が異なる理由とする

何が問題か

  • 単音節二段動詞の一段化は語幹安定(ex.干:フ・ヒ→ヒ)のためだが、上二段が上代に既に見られるのに対して、下二段は蹴(クウ)のみが一段化し、他は遅い。この理由に関して、
    • 近世では上二段の方が、所属語数の多い下二段よりも早かった(奥村1968)が、上代・中古の単音節動詞に関しては当てはまらない
    • 単音節下二段の使用頻度の高さ、用法の限定、複合における多音節情況が指摘される(川端1979)が、いずれも要検討
    • 下一段の蹴るの成立が遅かったためにずれが生じたとする説(山口1990)は、そもそも下一段が存在しなかった理由として全ての上一段動詞が四段動詞由来とするが、ミル(ム→ミ→ミル)など、その経緯を想定し難いものがある

単音節上二段の一段化

  • 上代において「ミル」は終止形がミ(岡村2015)*1、他の動詞もそうであったと考えられる(岡村2016)*2
未然 連用 終止 連体 已然 命令
i i i iル iレ i(ヨ)
  • 上二段活用の一段化は通常以下の変化を指す。上代の旧上一段への変化は、語幹安定化のためであっても、大多数の動詞と同じウ段音終止を捨てるという点、考えがたい
未然 連用 終止 連体 已然 命令
i i u→iル uル→iル uレ→iレ i(ヨ)
  • すなわち、上二段活用は旧上一段活用を経ずに、上表の変化を遂げた
    • iルの成立は、終止形と連体形が同形態で、所属語数が多く、ラ行動詞(終止形・連体形がル)が最も多い四段活用を背景としたものと考える
    • 単音節上二段活用動詞の一段化は、「上二段活用が上一段活用と同じ形態を取るようになる現象ではな」く、「語幹が常にイ段音で安定している既存の上一段活用を契機としながらも、語数が圧倒的に多い四段活用の存在を背景として終止形と連体形が同形となりウ段音終止を保った、新たな上一段活用を創り出す文法現象だった」

単音節下二段の一段化

  • 下二段活用の一段化は以下のように記述される*3
未然 連用 終止 連体 已然 命令
e e u→eル uル→eル uレ→eレ e(ヨ)
  • 上一段と同様の「旧上一段」を想定すると次表のようになるが、実際にはない
    • エ段音で終止することは考えづらい。
未然 連用 終止 連体 已然 命令
e e e eル eレ e(ヨ)
  • この点、山口(1990)の指摘は妥当だが「なぜ下一段化が院政期に始まったか」の説明にはならない
    • 上代に上一段の類推が起こったとすると時期が離れているが、旧上一段を想定することで、平安初期に至って初めて旧上一段の終止形が-iルになり、その類推から起こった、と考えれば院政期に発生したことの説明が可能

*1:上代における動詞ミルの終止形」『国語国文』84-11

*2:「古代における上一段活用について」『国語国文』85-11

*3:原論文では下二段の終止形が「-uル」、あかんやろ