川瀬卓(2018.5)「前置き表現から見た行為指示における配慮の歴史」高田博行・小野寺典子・青木博史『歴史語用論の方法』ひつじ書房
要点
- 行為指示場面における、定型的前置き表現
- すみませんが、この書類に署名をお願いします。(恐縮・謝罪)
- お菓子を作ってきました。よかったらお召し上がりください。(状況確認)
- 特にこれまで手薄だった状況確認型に関して、条件節を伴う場合にも2パターンあることを示す
前置き表現の歴史
- 恐縮・謝罪タイプは中古にはなく、(藤原2014)*1中世に萌芽が見られ(米田2014)*2、近世に発達(米田2014、青木2012*3)、定型的な前置き表現の成立は近代以降、例えば「すみませんが」は明治中期頃(木村2014)*4
- 憚りながら、有待の身は思はずなるものぞ。跡の事など、かねて定め置き給へがし(発心集)
- 無心ながら、まそつとしてま一度寄つてくださんせ。(心中重井筒)
- 太ぎながらも一艘こいで下され。(遊子方言)
- 和尚さん甚だ済みませんが、二三日の中におかへししますから、五十銭ほど貸してください(田舎教師[1909])
- 状況確認に関して、宇治拾遺の例が早い
- もし哀れと思ひ給はば、その紙尋ね取りて、三井寺にそれがしといふ僧にあつらへて書き供養せさせて給べ(宇治拾遺8-4)
- ただしこの例は、「それが満たされる場合に限り、行為することを要求している」もので、現代の押し付けを避けるものとは異なり、近世も同様の様相を示す
- 「よい(よし)」「よろし(い)」が条件節述語となるものを見ていくと、具体的な状況を問題としない例は明治期に現れる
- 前置き表現の定型化の要因2点
- 社会的変化の影響
- 型的コミュニケーションを志向する標準語の影響
- 型以外の問題として、配慮のストラテジーについては、
- 恐縮・謝罪の場合は話し手利益(聞き手負担)の場合に用いられるが、
- 状況確認による押し付け回避を示す行為指示は、聞き手利益の場合にも用いられる
- ??すみませんが、お菓子をお召し上がり下さい
配慮表現(史)研究いろいろ
- 配慮表現の論文を読んだので、この機に現状をまとめておく
- 国立国語研究所編(2006)『言語行動における「配慮」の諸相』
- 第1章 「敬意表現」から「言語行動における配慮」へ / 杉戸 清樹・尾崎 喜光
- 第2章 調査の概要 / 尾崎 喜光・杉戸 清樹・熊谷 智子・塚田 実知代
- 第3章 依頼場面での働きかけ方における世代差・地域差 / 熊谷 智子・篠崎 晃一
- 第4章 依頼・勧めに対する受諾における配慮の表現 / 尾崎 喜光
- 第5章 依頼・勧めに対する断りにおける配慮の表現 / 尾崎 喜光
- 第6章 ぼかし表現の二面性 : 近づかない配慮と近づく配慮 / 陣内 正敬
- 第7章 敬語についての規範意識 / 吉岡 泰夫
- 科研「日本語対人配慮表現の多様性」(2009)、報告書所収論文に、
- 森山由紀子「配慮表現の歴史的対照研究の枠組み:平安和文の「謝罪」の分析を通して」
- 森野崇「『宇治拾遺物語』の配慮表現:依頼・受諾・感謝の場合」
- 福田嘉一郎「近松世話浄瑠璃に見られる感謝・謝罪の表現」
- 木村義之「明治時代前期の「断り」表現:『一読三嘆 当世書生気質』『新篇 浮雲』を中心に」
- 小林隆「言語的発送法の地域差と歴史:配慮表現に触れつつ」
- 尾崎喜光「若年層における対人配慮意識:どのような場面で他者への配慮を意識するか」
- 三宅和子「謝罪への応答に関する語用論的分析:日英のケータイメールの対照研究」
- 野田尚史「日本語非母語話者の待遇コミュニケーション:デスマス形と非デスマス形の運用を中心に」
- 三宅和子・野田尚史・生越直樹編(2012)『シリーズ社会言語科学1「配慮」はどのように示されるか』ひつじ書房
- 日本語敬語の変化とアジアの敬語 / 井上史雄
- 場の理論で考える配慮言語行動 / 井出祥子・植野貴志子
- 対人関係における配慮行動の心理学―対人コミュニケーションの視点 / 大坊郁夫
- 日本語の配慮言語行動の社会的多様性 / 西尾純二
- 「察し合い」の談話展開に見られる日本語の配慮言語行動 / 日高水穂
- 日本語の配慮言語行動の歴史的研究―これからの発展に向けて / 高山善行
- 配慮したつもりなのによい印象を与えない日本語非母語話者の言語表現・言語行動 / 野田尚史
- 韓国社会における圧尊法と呼称の運用 / 姜 錫祐
- 「配慮」の示し方―日本と韓国の言語行動の比較から / 生越直樹
- 中国語敬語表現の歴史と現状―マクロ的通時論の考察 / 彭 国躍
- 電子メディアを介した日英の配慮言語行動―謝罪への応答を手がかりに / 三宅和子
- 日米の実際の談話に見られる人を指す身ぶりと配慮との関係 / ポリー・ザトラウスキー
- 野田尚史・高山善行・小林隆編(2014)『日本語の配慮表現の多様性:歴史的変化と地理的・社会的変異』くろしお出版*5
- 配慮表現の多様性をとらえる意義と方法 / 野田尚史
- 配慮表現の歴史的変化 / 高山善行
- 配慮表現の地理的・社会的変異 / 小林隆
- 奈良時代の配慮表現 / 小柳智一
- 平安・鎌倉時代の依頼・禁止に見られる配慮表現 / 藤原浩史
- 平安・鎌倉時代の受諾・拒否に見られる配慮表現 / 森野崇
- 平安・鎌倉時代の感謝・謝罪に見られる配慮表現 / 森山由紀子
- 室町・江戸時代の依頼・禁止に見られる配慮表現 / 米田達郎
- 室町・江戸時代の受諾・拒否に見られる配慮表現 / 青木博史
- 室町・江戸時代の感謝・謝罪に見られる配慮表現 / 福田嘉一郎
- 明治・大正時代の配慮表現 / 木村義之
- 現代語の依頼・禁止に見られる配慮表現 / 岸江信介
- 現代語の受諾・拒否に見られる配慮表現 / 尾崎喜光
- 現代語の感謝・謝罪に見られる配慮表現 / 西尾純二
- 談話の構成から見た現代語の配慮表現 / 日高水穂
- 携帯メールにみられる配慮表現 / 三宅和子
- 他、別のグループで、筑波系を中心とする語用論のグループあり。山岡政紀・牧原功・小野正樹(2010)『コミュニケーションと配慮表現』明治書院、『日本語コミュニケーション研究論集』など。
- 野田ほか編(2014)で各共時態のあり方が描かれ(てしまっ)たので、これ以降は、篠崎(2006)に示されるような「型」の成立史を描くものが多い。
- 本論文、本論集所収森論文「中世後期における依頼談話の構造:大蔵虎明本狂言における依頼」もその流れで、個別の表現史か、それとも談話パターンとしての成立か、という二側面。
- 川瀬卓(2015.4)副詞「どうぞ」の史的変遷:副詞からみた配慮表現の歴史,行為指示表現の歴史
- 森勇太(2017.3)『狂言六義』における依頼談話の構造