天野みどり(2017.11)受益構文の意味拡張:《恩恵》から《行為要求》ヘ
天野みどり(2017.11)「受益構文の意味拡張:《恩恵》から《行為要求》ヘ」天野みどり・早瀬尚子『構文の意味と拡がり』くろしお出版
要点
- 恩恵のテモラウがテモラワナイトの形で行為要求を表すことについて、構文の観点から考察
# テモラワナイト
- 言い切り(中断節)によるテモラワナイトが行為要求を表す現象がある
- 今日帰りに(CDを)買って帰って語り練習するくらいの気持ちで皆さんいってもらわないと
- この現象に関して、以下の2点の問題を設定
- テモラワナイト中断節構文の《行為要求》の意味がテモラウ構文の《恩恵》の意味からどのように派生するか
- 同じ《恩恵》の意味を持つテクレル構文との違いを考察し、構文の意味の拡がりを推進する要因と抑制する要因を明らかにする
- 用語設定
- 文全体において、語句の入れ替えや文脈情報によってキャンセルできない固定の意味があるとき、その文を「構文」、意味を「構文的意味」とする
- キャンセルできるものは「構文推移」とする
- まず、ナイト中断節の意味を明らかにしたい
- V1ナイトV2の構文的意味は、V1ナイの条件下ではV2が生起すること(「条件下の事態」)を表す
- 再審査請求をすると「悪印象をもたれる」のではなく、逆に再審査をまったくしないと、「悪印象をもたれる」のである
- 否定的評価の意味を持ちがちだが、固定的な構文的意味ではない
- V2が固定化したナイトイケナイは、評価の意味から派生して、行為要求や意志表明を表すことがある
- あなたはもっと食べないといけない/私はこのあと会議に出ないといけない
- ただしこれも、構文推意でしかない
- あなたはもっと食べないといけない。でも食べないで。
- 主節述語のないナイト中断節構文には条件下の事態の意味はなく、他方で評価・義務の意味はある
- 小学生はもっと魚を食べないと。
- これはキャンセルしにくいので、構文推意ではなく構文的意味
- ?小学生はもっと魚を食べないと。でも食べないで。
- テモラワナイトにも同様の拡張が見られる
- 条件下の事態:私はあなたによい点をつけてもらわないと、予選で敗退するね
- 評価・義務:私はあなたによい点をつけてもらわないといけない
- 評価・義務・行為要求:あなたによい点をつけてもらわないと
- 第三者に対する「行為要望」もあるので、これを別に立てる
- テープの録音でなかったのかどうか、警察にはよく調べてもらわないとな。
テクレルとの比較
- テクレルも近い意味を持つ(やっぱり組織の中にいる以上は、従ってくれないと)が、以下の点で相違があり、テモラワナイトの方が慣習化が進んでいると言える
- 1 しかし、テモラワナイトの方が中断節の使用率が高い
- 2 また、主節述語がテクレナイトと比べて固定化している(てもらわないと困る/いけない)
- この固定化の結果として、主節述語を言語化しない中断節構文が成立すると考えられる
- 3 テモラワナイト中断節には逸脱文がある
- この際誰かが犠牲になってもらわないと
- これも、受益関係の意味が希薄化していることを示す
- この差異の直接的要因は待遇度の差異
- テモラワナイトがテクレルよりも待遇価値が高く、語用論的要請により選好されたものと見る
- テモラワナイトがより丁寧になるのは、
- 意味的には:テクレナイトが相手への行為への悪い評価(てくれないと困る)から行為要求が直接派生したのに対し、テモラワナイトは自分の受益行為への悪い評価(てもらわないと困る)が意志表明を経由して行為要求を派生したため*1
- 統語的には:テクレナイトは話者の意志表明を表すことができないので、意志表明を経由することもできない
- 「恩恵→行為要求」は、テモラワナイトでは推進的、テクレナイトでは抑制的である一方、「評価表示」はテクレルで推進的
- ようやく涼しくなってくれた
- 授受の関与がないので、当該事態が恩恵的であるという主観的表現への拡張として見ることができる
- これはテモラウでは不可:??ようやく涼しくなってもらった
- 益岡はテクレルがテモラウよりも話し手指向であること、機能分担を行っていることを要因として挙げるが、別の観点からこの拡張の推進・抑制の要因を考えると、
- 「与え手の意志モダリティの欠如」という無意志的動作と共通する特徴が、テクレルにおける無意志物の動作用法の拡張を容易にしたと見る
- 私がよい点をつけたい/つけよう
- 審査員がよい点をつけたい/つけよう
- 審査員がよい点をつけてくれたい/つけてくれよう
- 雨が降りたい/降ろう
- テモラウの抑制の要因としては、与え手が有意志者でなければならないという制約があることが考えられる
- 以上まとめ、
- 恩恵→行為要求についてはテモラワナイトが推進的、テクレナイトが抑制的
- 恩恵→評価表示についてはテクレルが推進的、テモラウが抑制的
- それぞれに言語内的・外的な諸要因があり、派生の相違も統語的特徴・意味的特徴・語用論的選好の差異に影響を受ける
- このような推進・抑制の要因の考察も、構文の意義を明らかにする1つの方策となる
雑記
- 特に頑張ってないけどちょっとお酒を飲みたい日にコンビニでPBビールを買ったりするが、ローソンのゴールドマスター糖質70%オフ、これは激マズ
*1:ここの説明よくわからない。テモラウことの実現の意志を表明することが、実現の促しに繋がるのか?普通に評価からの派生と考えてよいのでは(ただしそうすると、次の統語的な説明もうまくいかなくなってしまう)。