岡村弘樹(2019.8)上代における自他対応と上二段活用
岡村弘樹(2019.8)「上代における自他対応と上二段活用」『国語国文』88(8)
要点
- 他動詞派生をしてもよさそうな上二段動詞が自他対応に関わらないのは、四段の連用形と形態が類似していたから
前提
- 上二段活用は自動詞のうち、特に非対格動詞に偏る
- 上二段にはツが下接する例が僅少
- であるのに、自他対応に関係することはほとんどなかった。これはなぜか
自他対応のタイプ
- 釘貫1996の自他対応の3群
- 上代語における自他対応は次の3つのパターン
- 第1群 活用の種類による対応(四段知る・下二段知る)
- 第2群 語尾による対応(なる・なす)
- 第3群 語幹の増加・語尾付接による派生(荒る・荒らす)
- Ⅰ群はほぼ四段・下二段(もしくは下二段・四段)の組
- 四段他動詞と下二段自動詞では、無標の四段(焼く)から下二段(焼ける)が派生したと考えられ、 - 四段自動詞と下二段他動詞もまた同様である*1
- 上二段ナグ・四段ナグの組は自他対応としては採れない
- Ⅱ群は以下の通り、上二段を含むものはなく、自他ともに四段であるものが多いという程度で、活用の上で特徴的な傾向はない
- Ⅲ群には、上二段から四段の派生が6組で、上代において自他対応に関係するのはこれだけ
- また、派生元が下二段であるものが多く、四段は派生元となる例が非常に少なく、派生先は四段が多い
- すなわち、Ⅲ群は本来上二段や下二段をもととして、四段活用のル・スを付加することで対応する自動詞・他動詞を作る形式だったと考えられる
- とすると、従来はⅠ→Ⅱ→Ⅲの順番で進行したように考えられてきたが、ⅠとⅢは同時期であった可能性もある
- Ⅰは派生元が四段、Ⅲは二段という、派生元によって使い分けられていた自他対応派生かもしれない
- が、ル・ス以外の接尾辞に関しては活用による偏りがないので、やはりⅠ→Ⅲと考えたほうがよい
自他対応と上二段
- Ⅰは下二段化のみで派生できたが、Ⅲは四段化し、さらにル・スを付加しなければならない。これはなぜか?
- 木田の二段古形説に基づいて、上二段と下二段が自他で対応したものと考えれば、四段は本来的には自他の偏りを持たない活用であり、ル・スの付加が必要であったと考えられる
- 上二段が自他対応に関わらなかったのは、四段と上二段の連用形の形態が似ていたため(甲乙の違いのみ)
- 動詞の運用においては連用形の使用率が最も高い
- 上二段の所属語数の少なさの要因の一つに、自他対応と無関係であったことが挙げられるだろう
雑記
- 仙台から帰ってきたら「チタン」が「牛タン」に見えるようになった
*1:こういう自他対応の組の話のとき、「四段の○○から下二段の○○が派生した」は記述として正しいのだろうか?と思うことがある 活用が完備された語として再構成するのでは決してなくて、自動詞化するために -a=zu を -e=zu にするとか、そういうのが先立つのでは