衣畑智秀(2016.1)「係り結びと不定構文:宮古語を中心に」『日本語の研究』12-1
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高山(2016)と関連して
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要点
- 係り結びが間接疑問・選言・不定といった構文(不定構文)の発生を抑制するという仮説を、宮古語方言を対象として検証
- 係り結びの生きている地域では、係り結び助詞が不定構文を構成することができない
- 係り結びの失われた地域では、係り結び助詞による不定構文の構成が容認されている
係り結びについて
- 「助詞が文タイプを決定する」ものを指す、広義係り結びの立場からいえば、宮古語にも係り結びを認めることができる
- kjuu=ja irau=nkai(=du) iki kI=taI.「今日は伊良部に行ってきた」
- kjuu=ja ndza=nkai=ga iki kI=taI.「今日はどこに行ってきた?」
- →文末の形態は変わらないが、助詞によって文タイプが決定されている
- 日本語史では、室町以降に用いられなくなる(衣畑2014)*1一方で、係り結びの衰退と並行する形で、15世紀に選言用法・間接疑問・不定表現(併せて「不定構文」)も現れる(衣畑・岩田2010)*2
- 選言:アスカアスノ夜カニ降セウスト云心ソ(史記抄)
- 肯否疑問:黄鉄也ト云ハ鉄ノ黄ナモアルカイサ不知(史記抄)
- 不定詞(疑問詞)疑問:発心の因縁は、どうしたことか知らねども.(近松)
- 話し手が疑問節の内容を知っているもの:内へ帰たら御新造さんに云告てやらア。どうするか覚えてゐろ(浮世風呂)
- 副詞的な不定表現:幾度か聞いたれども、(近松)
- 動詞の項になる不定表現:治助が手をとり何か手にわたす(洒落本・竊潜妻)
宮古方言の係り結びと諸用法
- 新里方言では、
- 不定詞疑問にga, 肯否疑問にna, 平叙文にdu の係り結びあり
- 係り結びの形式は不定構文には用いられない
- 間接疑問:全てgara, 答えを知っている場合にはtti(引用節)
- 選言:bamによる節並列、jara(コピュラ)、若年層でgara、tu(ト相当)
- 不定:garaのみ
- 狩俣方言では、
- 不定詞疑問・肯否疑問・平叙文いずれもduで、係り結びがない
- 係り結びがないので「係り結びの助詞が不定構文を形成する」ことはないが、ga が用いられる
- 間接疑問:gaara, ga 、cci(引用節)
- 選言:du, ban, 若い世代でgaaraも可
- 不定:何、どこについてnugaa, 他はgaara
- 疑問の助詞 ga が係り結びに使われなくなった場合に不定構文標示に用いられる可能性を示唆
- 他方言も調査すると、
- 表4、係り結びのある南部の方言では ga が不定構文に用いられないが、係り結びのない北部の方言では ga が不定構文に用いられる
なぜ制約が存在するか
- 係り結びは文全体を項として取るが、不定構文は名詞的性質を以て文の一部を形成するため
- 要するに、係り結びの「主文で機能する」という性質が、同じ助詞が「節を形成する」(不定構文)ことを制限する