森勇太(2018.5)「中世後期における依頼談話の構造:大蔵虎明本狂言における依頼」高田博行・小野寺典子・青木博史『歴史語用論の方法』ひつじ書房
要点
- 虎明本における依頼の談話構造について、配慮表現史の観点から
同論文集所収川瀬論文と相補的
虎明本の依頼談話
- 中世・近世は以下の点で、依頼表現の変化が見られる時期
- 受益表現が依頼で用いられるようになる:てくれ、てください
- 定型的前置き表現の形成:憚りながら、恐れながら
- 熊谷・篠崎(2006)*1の示す機能的要素
- a きりだし:まず話を始める
- b 状況説明:相手に事事情を知らせ、依頼の必要性などの状況認識を共有してもらう
- c 効果的補強:相手の承諾を引き出すような働きかけをする
- d 行動の促し:依頼の意を表明する
- e 対人配慮:相手の負担に対する恐縮や遠慮の気持ちを表明する
- 対人配慮は「恐縮表明」とし、非礼であることの注釈と、聞き手の負担が重いことの説明の2つに分類
- 談話上の位置として、話者と聞き手に要求(α位置)・付与(β位置)の呼応関係がある(山岡2008)*2
- α位置:依頼として「留守をしてくれさしめ」
- β位置:攻撃に対する拒否として「なるまひぞ、おいてくれひ」
- γ位置:命令に対する拒否を踏まえた上での依頼として「なさう人がいないほどに、なつてくれひ」
- 談話位置から見ると、
- きりだしはβ位置で用いられず、状況説明は位置にかかわらず出現しやすく、効果的補強はγ位置で出やすい
- 恐縮表明はこの時期にはあまり用いられていなかった
- 機能的要素の使用から見ると、目上に対する依頼が長くなりやすい(複数機能を用いやすい)
特徴的な機能的要素
- 信頼の表明[3-1]
- 其上右に申ごとく、たのむかたも御ざらぬ程に、ぜひ共頼まらする
- 「頼む」が目上に対しても用いられており、むしろプラスの待遇価値があった
- 話し手の負担の表明[3-4]
- さりながら是までわび事に参ったほどに、こらへてかへひてくだされひ
- 失礼な印象?
- 上位者に対する負担の強制
- いやいかやうになされてなり共、とめさせられてくだされい*3
- 恐縮表明には「すみませんが」「よかったら」が見られない
- 条件節は、恐縮表明と認められない(→川瀬論文)
現象の解釈
- 共通する指向性として、
- 聞き手に負担を与えることがある
- 聞き手の選択性を高く見積もる表現は見られない
- 関連する現象として、
- 申し出表現は、現代では話し手が自己の負担を大きくすることに制約がある(#先生、かばんを持ってあげましょうか)が、近世以前は可
- 謝罪表現による感謝(すみません)は、現代では聞き手の負担を感じたときに使うが、中古では相手の負担に言及することはない
- 川瀬論文の「よかったら」が謹製以前に見られないことは、聞き手に負担を与えること(選択性を与えないこと)を避ける意識が近代以降に強まるという意識が読み取れる