三宅俊浩(2018.7)「可能動詞の展開」『国語国文』87-7
要点
- 「読むる」からスタートした可能動詞(無意志動詞)が、どのようにして他の五段意志動詞に及んだか
- 特に問題として(p.38)
- 無対他動詞にのみ留まっていた派生現象が、有対他動詞や自動詞へも及ぶようになった背景を明らかにする。
- 自動詞化形式から状況可能・能力可能への意味用法の拡張過程を明らかにする。
- 18世紀後半にレルとの交替が開始することへ説明を与える。
これまでの研究と問題点
- 三宅(2016)説では、成立初期の可能動詞を、
- 対象語の属性を示すものとして想定
- 統語的には動作主を取らず、モノを主題・主格に取る
- 青木(2010)では、尊敬用法があることを統一的に説明するために動作主背景化を下二段動詞の本質と捉えるが、この例は抄物に偏る*1ので、ここでは「読むる」を取り上げる(2.2)
- 問題点として、
- 近世前期では無対他動詞からのみ派生、それ以降に有対他動詞や無対自動詞からも派生することが示されるが(下表)、「対応する自動詞を作り出す」という説明は、有対他動詞や無対自動詞からの派生動機にならないので、そこの説明が必要
- 心情可能・能力可能・内的条件可能・外的条件可能といった様々な可能を表せることの理由付けに、渋谷(1993)の「得ル」起源説があるが、補助動詞「得ル」の文語化の時期と合わないので、派生自動詞から可能動詞への発達過程に位置づける必要がある
- 18世紀後半に起こる、レルとの交替にも合理的な説明が必要
語彙の増加過程
- 1725まで「読める、飲める、言える」
- ~1750、無対他動詞に限られるが、負える・食えるの若干の拡張
- ~1775、無対他動詞(申せる・討てるなど)に加え、自動詞派生の逢える・行ける
- 以降、近世後期には全て生産的に
- 派生元動詞が無対他動詞に限られるという制約が宝暦ごろに解除され、レルとの交替時期とも一致する
統語的特徴の変化
- 統語的特徴として、格関係を示す場合は一貫してガ、幕末にヲが可能に
- ロドリゲス大文典で「読む:読むる」「切る:切るる」の対応関係に加えて「風が取れた」「字が読むる」が示されること、「読めやすい/読めにくい」の例があることから、初期の「字が読める」は無意志自動詞・主格として認定した方がよく、ガ格で目的語表示ができるのは変化として見る
- あの人の手はよう読むる / おめえは…酒がいける
- 三宅(2018)より、
- hjl.hatenablog.com
- 無意志自動詞を、動作主の意志(行為)の有無、肯定否定によって4種に分類すると初期の「読むる」は1に該当する
- 1 結果生起:魚がたくさん取れた(動作主関与・肯定)
- 2 結果不生気:切っても切れぬ(動作主関与・否定)
- 3 事態自然生起:帯が切れた(動作主非関与・肯定)
- 4 事態不生起:(火事で手紙が)焼けぬ(動作主非関与・否定)
- 無意志自動詞を、動作主の意志(行為)の有無、肯定否定によって4種に分類すると初期の「読むる」は1に該当する
- 「読む」行為は動作主と切り離せない性質を語彙的に持つので、「初期の「読むる>説める」を中心とする可能動詞は、「動作主」と「対象」との二者の関わりで生起する事態(動作主ガ対象ヲ読む)を、具体的な動作主を背景化・潜在化させ、対象(モノ)について述べる無意志自動詞であった」(p.44)*2
- このような自他転換を派生動機に据えれば、無対他動詞のみという派生元の制限も説明可能
- 近世期に動作主が明示される例が増える
- 動作主が現れる例は、動作主が特定の人物、いずれも実際の特定の行為、対象が特定できるもの、という「特定」の事態であるという特徴を持ち、汎時的な対象可能(三宅2016)の例はなく、
- 行為成立の阻害条件は対象側にある(字が汚いとか)→B
- 動作主の(特定ではあるが)恒常的な条件(文盲とか、→C)が、汎時的な「可能性」の読みを導き(→D)、特定の対象という制約が解除され、意志自動詞にも拡張(→E)
- というわけで、以下の5段階を想定
- レルとの交替要因は、
- もともと限定的な領域を表していた可能動詞が、レルの意味領域まで拡張したこと
- レル側の機能負担が大きかったこと