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言語学(主に日本語文法史)の論文を読みます

竹内史郎(2007.7)節の構造変化による接続助詞の形成

竹内史郎(2007.7)「節の構造変化による接続助詞の形成」青木博史編『日本語の構造変化と文法化ひつじ書房

要点

  • ガ(格助詞→接続助詞)に代表される、節の構造変化による接続助詞の形成について、
    • 他の事例の指摘
    • 契機や要因の考察

ガ・ヲ

    • Xノ連体ガ:女のまだ世へずとおぼえたる、人の御もとにしのびて(伊勢)
    • Xφ・ハ・モ連体ガ:髪φいとけうらにて長かりける、分けたるやうに落ち細りて(源氏)
    • 接続助詞ガ:女、「糸喜シ」ト云テ行ケル、怪ク、此ノ女ノ気怖シキ様ニ思エケレドモ(今昔)
    • 格助詞と接続助詞の間を繋ぐのはゼロ代名詞と考えられる
      • [ꜱ2[ꜱ1なにがしがいもうと、故循門の督の北の方にてはべりし]が@(ゼロ代名詞)尼になりて侍る]
    • 以下の、「文の構成要素である名詞句が述語とのある種の関係性を失い、独立してー文を形成する」構造変化が想定される
      • [ꜱ2[ꜱ1…]ガ…V]
      • [ꜱ1…]ガ[ꜱ2…]
    • 梅の花折りかざしつつ諸人の遊ぶ見れば都しぞ思ふ(万葉集
    • 行きとぶらひける、む月の十日ばかりのほどに、ほかにかくれにけり(伊勢)
    • 本質的にはガと同じ変化
      • [ꜱ2[ꜱ1…]ヲ…V]
      • [ꜱ1…]ヲ[ꜱ2…]

サニ構文(竹内2005)*1

  • あさましと思ふに、うらもなくたはぶるれば、いとねたさに、こしらの月ごろ、ねんじつることをいふに、いかなる物とたえていらへもなくて、ねたるさましたり(蜻蛉)
  • 以下のサによる名詞節を前提とすれば、
    • 我が大君の…酒みづき栄ゆる今日のあやに貴さ(安夜尓貴佐)(万4254)
    • [ꜱ[ɴᴘ…酒みづき栄ゆる今日]の[ᴀ貴さ]]
  • 当初のサニは以下の構造であると言える
    • [ꜱ2[ꜱ1いとねたさ]にねんじつることをいふ]
    • これは~キ→キニ、~ク→クニ、も同様
  • 当初はサの主語・対象語標示はノ・ガ・準体句ガで示され、サニも同様の傾向を示すが、
    • 見らむ人ともし / ふねむつかしさにふねよりひとのいへにうつる
  • 無助詞・ハ・モの例も見られる
    • とかく筆うちやすらひたまへる御さまφらうたげさに御心しみていとしげう渡らせたまひて(源氏)
  • サニが形態素間の境界を消失し、単一形態となる
    • めのとの女房せめても心のあられずさに、はしり出て、(覚一本平家)
    • アメガフルサニカサモッテイケーヤ(山口県長門・見島)
    • [ꜱ1…]サニ[ꜱ2…]

ホドニ(竹内2006)*2

  • スケール性の伴う時点用法・場面用法と、スケール性を伴わない非スケール用法
    • 未下るほどに、南の寝殿に移りおはします(時点・源氏)
    • 講の終るほどに、歌よむ人〳〵を召しあつめて、(場面・伊勢)
    • 物がたりなどするほどに、烏の鳴きければ(非スケール・伊勢)
  • 非スケール用法は、時点・場面用法からの再分析によって生じたもの
  • 以下の変化として記述可能
    • [ꜱ2[ɴᴘ[ꜱ1…]ホド]ニ…V]
    • [ꜱ1…]ホドニ[ꜱ2…]

節の構造変化

  • 近藤(2000)は、以下のように説明
    • ある事態(=文)を補語として格助詞で承ける場合と、文のまま接続助詞でうける場合とは意味的にかなり近い性格(時間的、場所的に密接な連関)がある
  • 意味的な連関のある例
    • 女御更衣あまたさぶらひたまひける中に、いとやむごとなき際にはあらぬ、すぐれて時めきたまふありけり(源氏)
    • 長門前司といひける人の女二人有ける、姉は人の妻にてありける(宇治拾遺)
  • 一方、節の意味内容同士に連関のない例も出てくる(話し手の信念のみによって連関があるものとされる例)
    • おのれは風呂に唯ひとりあると言うた、この群集は常より多いは何ごとぞ(史記抄)
  • 名詞句内に埋め込まれた文が副詞節へ再解釈される原動力として、従属節と主節が同一の対象について記述する文型の頻用に着目
    • なにがしが妹、故衛門の督の北の方にてはべりし尼になりてはベるなむ(源氏)
    • 「あやしう、蓮華の花園よりといふ人の有りつれば、母の恩の愛しく、乳房の悲しさになむ率てまゐりつる(うつほ)
    • さて、(女は)宮仕へしありく程に、装束きよげにし、むつかしきことなどもなくてありければ、いときよげに顔容貌もなりにけり(大和)

*1:「サニ構文の成立・展開と助詞サニについて」『日本語の研究』1-1

*2:「ホドニの意味拡張をめぐって:時間的関係から因果関係ヘ」『日本語文法』6-1