ronbun yomu

言語学(主に日本語文法史)の論文を読みます

大江元貴・居關友里子・鈴木彩香(2020.9)日本語の左方転位構文はいつ,どのように使われるか?

大江元貴・居關友里子・鈴木彩香(2020.9)「日本語の左方転位構文はいつ,どのように使われるか?」『社会言語科学』23(1).

要点

  • 多重文法モデル(具体的な言語使用環境ごとに異なる文法の存在を想定するモデル)に基づいて、左方転位構文の文法的位置付けを行う。
    • 情報構造的に「新たな主題の導入」を担うと見るのは本質的ではなく、
    • 話し言葉・書き言葉の対立にも位置付けにくいという問題がある。
  • 左方転位構文には以下の2タイプがあり、
    • 談話の大局的組み立てに動機づけられた〈予告・総括〉型:二十一世紀に残したいもの それは自然と平和です
    • 進行中の発話・文の局所的対応に動機づけられた〈項目提示・注釈挿入〉型:えーっと最後にえー今後の課題 これ は音声 認識に限らずえー今日御紹介しました…
  • CSJ独話, BCCWJ, 職場談話での現れ方を見ると、講演(独話)や報告・説明の談話に現れやすいことが分かる。
    • 「左方転位構文の重要な特徴が,ある程度の長さを話し手が一続きに産出する」ことにあるので、次々に順番が交替するような談話にはそぐわない。
  • 左方転位構文は単純な話し言葉・書き言葉の対立では捉えられず、「他者に聞かれる(読まれる)ことを前提とした談話に現れる」ジャンルに現れる。このジャンルを「独演調談話」と呼ぶ。

p.236

  • Iwasaki 2015 が提案する多重文法モデルでは、話し言葉文法と書き言葉文法の中間の文法が想定されるが、「独演調談話」として「芝居」「講演」「CM」を一段階抽象化することができることに鑑みると、多重文法モデルは図2のように多層化できるのではないか。

p.239

雑記

  • 年末年始に研究進まんタイプ

高橋淑郎(2005.3)大学講義を対象とした類型的文体分析の試み

高橋淑郎(2005.3)「大学講義を対象とした類型的文体分析の試み」中村明ほか編『表現と文体』明治書院

要点

  • 話し言葉・書き言葉という枠組みを超えて、討論との比較に基づいて、講義の言語的特徴を明らかにしたい。
  • 講義と討論のコミュニケーション成立上の違いは「独話か対話か」「情報の伝達か意見の主張か」にまとめることができ、この相違点を言語的に捉える観点として、以下の3つに注目する。

p.36

  • ①疑問表現:話し手は疑問を持っておらず自分で答える疑問表現(自問自答形式の疑問表現)が、講義には多い。
    • 「今週からはどんな勉強をするのか,っていうと,2つの変数を同時 に取り上げて分析する方法について勉強していきます。」
    • これは、「本来ならやりとりのある言語表現で使われるはずの疑問表現による問答を,独話の世界で擬似的に再現することで聞き手を引き込もうとしている」ものである。
  • ②接続詞:講義では、説明が多く、事実・出来事を対象の側の時間的・論理的展開にそって述べる姿勢が強いのに対し(そうすると、そして、つまり)、討論では、前の文と後ろの文を話し手の積極的な判断で結びつけたり、前の文に対して反論したりする姿勢が強い(だから、つまり、それから)。
  • メタ言語表現:特に「先行発言焦点化」に着目すると、講義では自分の選考発言に言及するものだけしか見られないのに対し、討論では、他者の発言に言及するものもある。*1
    • 「結論としてはTさんが言われたように、~」(討論)
    • 「で、しかし、今ちょっと見たように、~」(講義)
  • メモ:「表1で示した成立上の条件に対応すると考えられる分析観点はほかにも終助詞,挿入語句,倒置文,指示表現等が挙げられるが,具体的な分析は今後の課題である。」(p.44)

雑記

  • 講義の文体やってると、講義のときもじもじしちゃいそう

*1:現象としては面白いし、でもそうまとめられると、それはそうだろうと思うところもある

川瀬卓(2021.6)副詞「ひょっとすると」類の成立 : 副詞の呼応における仮定と可能性想定の分化

川瀬卓(2021.6)「副詞「ひょっとすると」類の成立 : 副詞の呼応における仮定と可能性想定の分化」『語文研究』130/131.

要点

  • ヒョットスルト類(スルト/シタラ/シテ)が擬態語に由来することと、類義語であるモシカスルトが同じ構成要素を持つことに注目して、当該副詞の成立と、副詞の呼応の問題について考える。
  • まず、ヒョット類の史的展開について。ヒョットは1700初頭から仮定や可能性想定を表すようになり*1、近世末になると可能性想定を表すヒョットスルト類が現れ、近代以降にはヒョットが衰退する。
  • この仮定・可能性想定の意味分化について、
    • モシも同様、古代語では仮定・可能性想定の両方を表すが、現代語では、前者をモシ(~タラ)、後者をモシカスルトが担う。
    • 歴史的にはヒョットスルトに遅れて、モシカスルトが現れる。モシ系が、ヒョットスルト類の影響を受けて成立した(かつ、呼応が生まれた)ものと考える。
  • この、副詞の呼応における仮定と可能性想定の分化は、田中(1965)の「分析的傾向」とも符号する。
    • 深津(2016)の、「ちょっとの」と「ちょっとした」の棲み分けも想起される。

雑記

  • なんで仮定条件が明示されるんかなというのが気になるよね

*1:方言にはあるやつ

山西正子(1979.2)連体形「タル」のあらわれかた:「中華若木詩抄」のばあいを出発点に

山西正子(1979.2)「連体形「タル」のあらわれかた:「中華若木詩抄」のばあいを出発点に」『中田祝夫博士功績記念国語学論集』勉誠社.

要点

  • タリ・タについて、中世後期においては、終止形・連体形ではタが優勢であるが、連体修飾の場合にはタルの存在も無視できない。
    • このことは大文典にも記述があるが、キリシタン資料にはそれほど例がない。
  • 中華若木詩抄について見ると、タル・タはそれぞれがナリ・ゾと結びつくわけではなく、文語・口語で処理できるものではない。文末(ゾ・ナリの場合も含む)か文末以外かで考えると、連体修飾の場合にタルが優勢であると言える。
  • 史記抄の場合も同様、ゾ体の中であっても、連体修飾の場合にはタルが用いられることが多い。
  • ヤウナル・ヤウナについても同様に、(文語・口語の異なりではなく)連体修飾かどうかが効く。

雑記

山本佐和子(2012.6)中世室町期における「ねまる」の意味

山本佐和子(2012.6)「中世室町期における「ねまる」の意味」『國學院雑誌』113(6).

要点

  • 抄物に以下のような~テネマルがあることに注目して、ネマルの語史を記述する。
    • 盆瓶ヲ洗テネマル婦女ノアルマテソ。(四河入海)
  • 本動詞のネマルは名語記に初例があり、室町期には広く見られるようになる。〈座る~黙坐〉と、そこから派生した〈存在〉を表す。
  • 補助動詞の~テネマルは、
    • ~て+〈存在〉を表す場合と、
    • 主体の〈状態〉を表す場合(立テネマル)とがあり、さらにそこから派生して、反復・習慣(洗テネマル、上例)や、結果状態、パーフェクト(死デネマル)、属性(瞞シテネマル)をも表すようになる。
      • この補助動詞適用法は、16Cの東国の古文書や雑兵物語、近世前期の文学作品にも散見される。
  • ネマルの補助動詞的用法の成立は、ネマルが、イルの存在動詞化・存在型アスペクト化と軌を一にするものと考えられる。

雑記

  • ずっと見てる

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中野伸彦(1996.12)Ⅲ型の確認要求の平叙文と終助詞「ね」:江戸語と現代語

中野伸彦(1996.12)「Ⅲ型の確認要求の平叙文と終助詞「ね」:江戸語と現代語」『山口大学教育学部研究論叢 第一部 人文科学・社会科学』46.

要点

  • 「叙述内容を聞き手に対して獲得させようとするタイプ」(僕の勝手でしょ)のⅢ型の確認要求の平叙文について考える。(Ⅰ・Ⅱ型については前記事参照)
  • このⅢ型は現代語においては、
    • 「一応聞き手が獲得済みの事柄であるが、より確かに認識させるべくのことを獲得させようとする場合」*1には、ダロウなしでネが下接することがあり得る。
      • 「明日は行くよ」(略)「明日ね」
    • ダロウがある場合には、ネが下接することはない。
      • 「跳躍って何だ?」「ほら、ぴょんぴょん跳ぶやつがあるだろう{よ/*ね}」
  • 一方で江戸語の場合、Ⅲ型でもダロウネの例がある。
    • 走る姿を見れば…作者曰 モシ好風なこしらへでございませうネ(春告鳥)

雑記

*1:タイプ分けした方が分かりやすい?

中野伸彦(1996.6)確認要求の平叙文と終助詞「ね」:江戸語と現代語

中野伸彦(1996.6)「確認要求の平叙文と終助詞「ね」:江戸語と現代語」『山口明穂教授還暦記念国語学論集』明治書院.

要点

  • 現代語において、聞き手にも既に共有されている事柄を述べる平叙文ではネが必須になるが、ネがなくても、「まともに叙述内容を獲得させようとする姿勢が現れない」場合(確認要求)がある。
  • 確認要求は以下の2類に分類され、Ⅰ型はネ・ダロウネが許容されるのに対し、Ⅱ型はネが許容されない。
    • Ⅰ型:不確かな知識しか持たない話し手が、確かな知識を持つ聞き手に確認を求め、自らの知識を確かなものにしようとする。
      • (何かを隠したのを見て)本でしょう。/本でしょうね。
    • Ⅱ型:確かな知識を持つ話し手が、聞き手の認識のあり方を確認しようとする。
      • ニューオリンズには)市内バスがあるだろう。/あるね。/あるだろうね。
  • 一方、江戸語においては、文末にダロウを持つⅡ型の確認要求の平叙文にも、ネが下接できた。
    • 五日ばかり跡の晩に雨が大そう降つた事がありましたらうネ。(春色梅美婦禰)
  • Ⅰ型におけるネの有無は、話し手の確信度の違い(無い方が高い)に基づく。Ⅱ型の場合、ネが付くのは「聞き手がそのことを確認するのにやや困難を伴う場合」である。すなわちどちらも、「肯定の答えが返ってくることへの確信の度」によって、ネの有無が決定されると考えられる。

雑記

  • アラを炊きたい