ronbun yomu

言語学(主に日本語文法史)の論文を読みます

近藤泰弘(2005.11)平安時代語の副詞節の節連鎖構造について

近藤泰弘(2005.11)「平安時代語の副詞節の節連鎖構造について」『国語と国文学』82(11)

要点

  • 現代語の書き言葉とは異なる、古典語の副詞節の問題について考える
    • 古典語は従属節が連続する傾向があるが、特に副詞節は連続する傾向が強い
      • 行く先多く、夜も更けにければ、鬼ある所とも知らで、神さへいみじう鳴り、雨もいたう降りければ、~をし入れて、~負ひて、戸口に居り。(伊勢6)
    • 阪倉「開いた表現」、小松「連接構文」のうち、副詞節の連続してゆくタイプの構文を「節連鎖」として扱う
  • 以下のような説明は、「主節・従属節がはっきりせず、継ぎ足されてゆかれるような古文の構造」の説明としては不十分
    • 従属節+従属節+主節
    • [[[従属文]従属文]主文]
  • 副詞節が再帰的な規則を内在することに基づいて、文脈自由文法の書き換え規則として書くと、以下のようになる
    • 文(Sentence)→副詞節(Adverbial Clause) 主節(Main Clause)=S(文)
    • 副詞節(Adverbial Clause) → 文(Sentence) 節形成辞(接続助詞)

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p.118

  • 文脈自由文法は時間的なものとは無関係であるが、「継ぎ足し」を段階として見れば、時間的順序を追った埋め込みがあると考えられる(動的書き換え規則)
    • この規則を想定すれば、例えば、相対テンスが複数節を含む場合も、「一対の主・従の節の間のテンスだけを考えればよい」

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p.120

  • また、枝分岐を描くと、末端から順に(南の)ABCの順になる
    • よって、時間軸上でABCが逆行する部分は異なる枝になる

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p.121

  • この「時間軸にそって複文の構造がなされていく」ことについての見通し2点
    • 和文が背景とする口頭言語の特性と密接に結びつく
    • 人間の心内情報処理の参照スコープの限界性(定延1997)との関連

雑記

  • モグリだから小松1997ちゃんと読んだことないな

藤原あかね(2021.3)静岡県中部方言における推量表現「ラ」「ダラ」について

藤原あかね(2021.3)「静岡県中部方言における推量表現「ラ」「ダラ」について」『阪大社会言語学研究ノート』17.

要点

  • 先行研究の指摘と話者(若年層)の内省とのズレ4点を踏まえつつラ・ダラの用法を記述したい
    • 現在は、ズラ・ダズラ・ツラが使用されない
    • 現在は、従属節内にはラ・ダラは生起しない(島田に行く{ラ/ズラ}デ、留守だろう)
    • 現在は、疑問文にはラ・ダラは生起しない*1
    • 現在は、同意求め(暑いラ=暑いね)が用いられない
  • 形態的には、述語に接続し、丁寧形を持たない
    • 過去のツラは現在では使われず、タ+ラが用いられる
  • 統語的には、平叙文の主節末にのみ生起し、終助詞ネと共起する
  • 用法的には、
    • 単純推量、今後の見通し、命題確認要求、知識確認要求(三宅2011の2種)に加え、
    • ダロウが持たない相互了解の形成確認(タイのお米ってまずいラ?=まずいよね?)を持つ
  • ダロウとの相違点からまとめ直すと以下の通りであり、「「ラ」は、命題に対する話し手の認識を表すモダリティ形式から、終助詞のような話し手の伝達態度を表すモダリティ形式に移行しつつあると考えられる」*2
    • 接続の単純化(ツラ>タ+ラ)や「相互了解の形成確認」(ヨネ相当)を持つことも、この終助詞化の進行の現れとして捉えることができる

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p.15

雑記

  • 最近めちゃニキビできてて、思春期来たっぽい

*1:静岡の若い知り合い普通に「行くラ?」って言うけど、純粋な疑問文では、ってことかな

*2:終助詞は意味的なカテゴリではないので、対他的になることを指して「終助詞化」としてしまうと、ややぼやけるかなと思う。形態的・統語的な制約が強くなって終助詞っぽくなっていることと、「終助詞がよく持つ意味」に偏るようになることは一旦別で考えたほうがよいというか。

高山善行(2021.6)連体「なり」の機能をどう捉えるか:「のだ」との比較を通して

山善行(2021.6)「連体「なり」の機能をどう捉えるか:「のだ」との比較を通して」野田尚史・小田勝(編)『日本語の歴史的対照文法』和泉書院

要点

  • ノダとの比較に基づき、連体ナリの記述分析を行い、以下の3点を主張する*1
    • 連体ナリの性質はノダとの用法比較によって顕在化する
    • 連体ナリはモーダルのスコープを拡張し、モダリティ形式と節連鎖を繋ぐ機能を持つ
    • 連体ナリの性質は形容詞カリ活用との共通点が多い
  • 従来指摘されてきた連体ナリとノダの共通点と相違点、
    • このうち、ノデハナイ、ノ(カ)?については、ナリの用法の欠如をニアリが補完する
    • ナリは複合用法が多く、モダリティ形式の後接も多い

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p.73

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p.73

  • 連体ナリの分析は「SハPナリ」を前提とするのが一般的だが、実際には(Sハが現れない)節連鎖の例が多い
  • 節連鎖を対照とした分析のために南の4段階を導入し、ナリの先行部分を見ると、現代語のスコープのノダと同じ性質が観察される
    • 節としては現代語のA類・B類相当のもの(テ・トテ・ニヨリテ)で理由を示す
    • 表現としては、事態の現実性・現場性を表すもの(指示副詞・程度副詞・アスペクト形式)
  • モダリティと複合するとき、連体ナリは(狭いスコープしか持たない)モダリティ形式のスコープを拡張する機能を持つ
    • メリ単独で因果関係を表す節連鎖を対象とすることはないが、ナリと複合すると、
    • なよなよとし、我にもあらぬさまなれ、いといたく若びたる人にて、物にけどられぬるなめりと、せむ方なき心地したまふ。(源氏)
    • この「節連鎖とモダリティ形式を繋ぐ機能」はカリ活用と類似する

雑記

  • この論集、それぞれの論文自体はもちろん面白いけど、現代語プロパーの人にもっと書いてほしかったな~という印象あり

*1:「多様な観点から研究がなされており、文法史研究の重要なテーマといえる。しかしながら、本質理解には至っていないのが現状である」、さすがに不誠実じゃないかな(少なくとも野村2019との差分は示すべきでは)。田野村・野田・益岡・名嶋を挙げて、まとめて「先行研究に依拠する」とするのもざっぱすぎんかな。

金水敏(2015.3)古代日本語の主格・対格の語順について

金水敏(2015.3)「古代日本語の主格・対格の語順について」江頭浩樹ほか(編)『より良き代案を絶えず求めて』開拓社.

要点

  • 古代語において、Nノ・ガとNヲが一文に共起する場合に、ヲ>ガ(ヲがガに先行する)と考えたことがあるが(言語学会夏期講座2002)、反例を見落としていた
  • 特に、ノ・ガとヲの組合わせについて、上代語を対象に調査を行うと、以下の両方が現れる
    • ヲ>ガ:つぎねふや山代河を河上り我が上れば…(記57)
    • ノ・ガ>ヲ:春雨の避くれど我を濡らさく思へば(万1697)
  • 分布の特徴①
    • ヲ>ノ・ガは圧倒的にガが多く、「我が」に偏り、「我が」は動詞に近接する
  • 分布の特徴②
    • 主格と係助詞の順番は係り句>ノ・ガ主格が一般的である(野村2002など)が、ヲの場合はこれが自由である
    • [①][②係り句][③]ノ・ガ主格[④]動詞 の①~④いずれにも例があり、
      • ①我を闇にや妹が恋ひつつあるらむ
      • ②糸をぞ我が搓る
      • ③いづくにか君がみ舟を我が待ち居らむ
      • ④そこもか人の我を言成さむ
    • これは、「ノ・ガ主格が厳密にCPないしTPの中に留まるのに対し、ヲ対格は「を」を持ったまま係助詞を付加されて焦点化されたり(②)、さらに「を」を持ったまま主題化されて左方移動されたり(①)することを表すのだろう」

雑記

  • そこはさすがに自分の論文引いてくれやと思ってた人が今年の紀要ではアホほど引いていて、それはそれでなんやねんとなった

岡村弘樹(2021.3)形容詞型の活用とミ語法

岡村弘樹(2021.3)「形容詞型の活用とミ語法」『国語国文』90(3).

要点

  • ミ語法を形容詞型活用の枠組みで考え、その位置づけを検討する
  • 上代の形容詞型活用は、中古以降と以下の点で異なり、「動詞的なものと形容詞的なものという性格の異なる形態が混在していた」
    • カリ活用がなく、ケがム・ズ・バ・ドを下接する
      • ただし、コソは連体形で結ぶので、ケが已然形でして確立していたわけではない
    • このケは、「動詞とともに用言としての述語性をそなえていこうとする」(山口堯二1980)もので、一方、補助活用の整備は「動詞とは異なる品詞として独立しようとする傾向」を持つ
  • 以下、ミ語法と非ミ語法の差異を見る
    • 非ミ語法の連用形は大半が修飾法であるが、ミ語法には修飾法がない
  • カモが下接するとき、
    • 非ミ語法+カモはシク活用(情意性)に、ミ語法+カモはク活用(情態性)に偏る
    • 動詞カモは思ホユ、オモフ、恋フ・恋ヒ渡ルなどの情意的な動詞が多く、非ミ語法と同じ傾向を持つ
  • 「情態性の形容詞のミ語法」と「情意性の形容詞の非ミ語法」「情意性の動詞」と同様であることより、ミを見ルと関連付ける説(蔦2004)が想起される
    • (ミ語法が「見」字で記されたものからその結論を導く蔦説は、本来の語源と異なる語源意識による可能性が捨てきれないものの)
    • 古い上一段の型は全て -i で、ル・レは二次的に備わったものと考えられる(岡村2018)ので、この型を想定してミ語法の用法の説明を試みる
  • ミ語法の諸用法について考える
    • まず連用形には、修飾語性連用用法(~ミオモフ)と、(述語性連用用法(原因・理由)があり、
    • ~ミトは終止形、
    • 名詞に続く「泊瀬川早み早瀬をむすび上げて」(2706、修飾語性連体用法)と、ミカモ(述語性連体用法)は連体形か
    • 已然形の例はなく(ミコソは恋ふれこそと同一視できない)、命令形・未然形と考えられる例もない
      • 「未然形という活用形が示す未実現性がミ語法の「見る」という性質に適さなかった」
    • ミが助動詞・助詞を下接しないことを考えると、「ミ語法が動詞的な活用語尾のうち、被覆形的な語尾としてケが、露出形的な語尾としてミがそれぞれ採用された」とも考えられそう
  • ミは「形容詞で表現される事態を視覚によって捉えるという形式」として形容詞型活用の活用語尾に採用されたものと考えられる
    • ミがキ・クに先行して成立し、ミの修飾語性の用法がこれらに奪われていったという過程が想定できる

雑記

  • どこかから今度出る百科の需要が謎すぎる
    • 「項目とか目次とりあえず決めて、身内や知り合いに書かせる」みたいな企画、もうやめた方がいいと思うんやが

蜂矢真郷(2021.3)上代を中心とするバ行動詞とマ行動詞

蜂矢真郷(2021.3)「上代を中心とするバ行動詞とマ行動詞」『萬葉』231.

要点

  • 上代を中心とするバ・マ行動詞の関係について、語構成の面から考える
    • 阪倉はムとブを「同一の接尾語の子音交替」とし、
    • 山口は「音変化より形態変化でないか」として、別途考えることを提案する
      • そう提案する理由は定かではないがバ行が上二段に、マ行が四段に偏ることも関連するか?
  • バ行動詞の例、
    • ク活用語幹ブ(タフトブ)、シク活用語幹+ブ(カナシブ)、名詞ブ(ウヤブ)、名詞サブ(オキナサブ)、動詞被覆形ブ(ウカブ)、感動詞ブ(イサブ)、その他ブ(ナラブ)
  • マ行動詞は、
    • ク活用語幹ム(タカム)、シク活用語幹ム(アヤシム)、シク活用語基ム(サダム)、名詞ム(トガム)、動詞被覆形ム(アガム)、感動詞ム(イサム)、その他ム(ハサム)
  • 以上の語数を示すと以下の通り

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p.12

  • バ行・マ行の両形を持つものには、形容詞語幹+ブ・ム(タフトー、トモシー、ウレシー)のものが多い
    • バが先行し、マが遅れるものも多い(タカブ→タカム、ハヤブ→ハヤム)
    • バ行上二段からバ行四段への変化があることも注意される
      • 「形容詞に関係するバ行活用の動詞は、アラブ・ウトブ・タカブなどが上二段であるやうに、イヤシブもタフトブも古く上二段活用であつたであらう」(春日1942)
  • 形容詞語幹+ブ・ムにおいて、活用の種類が異なるにもかかわらずバ行からマ行へと変化するのは、ミ語法+スと連用形+スの類似があることが考えられる
    • すなわち、ミ語法+ス(ナツカシ+ミ+ス)がマ行四段連用形+ス(ナツカシミ+ス)と異分析されたことによってマ行化し、
    • これが形容詞語幹以外にも及んだものと考えられ、
    • さらに、自他の分化によって(cf. 釘貫1990)マ行下二段の形成にも至る
    • このバ行上二段→マ行四段の中間に、バ行四段・マ行上二段
  • 追記、
    • ナム・ナブなどは、バ・マの両形があることからの類推によるか
    • マ行動詞は語幹末が濁音であるものが多く(アガム、カガム、ナガム…)、バ行にはそれがない
      • 濁音並列・共存忌避の法則に反するためで、バ行動詞よりマ行動詞が多いことに一つの理由であろう

雑記

  • これおもしろそう

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山田潔(2021.5)抄物における助動詞「べし」の変容:『毛詩聴塵』『両足院本毛詩抄』の本文比較

山田潔(2021.5)「抄物における助動詞「べし」の変容:『毛詩聴塵』『両足院本毛詩抄』の本文比較」『国語国文』90(5)

要点

  • 川村(1995, 1996)の分類にしたがって、毛詩聴塵のベシの両足院本での使用状況を分類する
    • A 観念上の事態成立主張用法
      • A1 現実世界接触用法…推量、兆し・気配、予定
      • A2 現実世界非接触用法…反実仮想、可能
    • B 事態の妥当性主張用法
      • B1 主張専一用法…事態の妥当性(適当・当然)
      • B2 事態実現希望用法…意志、命令
  • 以下、聴塵のベシと抄の対応とを見ると、
    • A1 「推量」は基本的にウ(特にウゾ)・ウズが対応
    • A1 「兆し・気配」(中西の様相的推定)は、断定を和らげるサウナ・ゲナが対応
    • A2 「反実仮想」はウズが対応し、「~タラバ…ウズモノヲ」が典型的
    • A2 「可能」はベシの場合も不可能(ベキヤウナシ)で現れやすく、抄ではウ・ウズヤウガナイに置換される
      • ベカラズも同様に置換されており、これはウ・ウズではなく、~ヤウガナイの方に(否定)可能の意味が移行していることを意味する
    • B1 「適当」はウズ単独では表さず、ウズヨイ・ヨカラウ・ヨサウナなどのヨイ系が担う
    • B1 「当然・義務」も同様、ウコトヂャ/ゾで表現され、ウズ単独では表しにくくなっている
      • 否定の場合には連用形ゴト構文が用いられており(居事デハナイゾ)、連用形+ゴトがベシの意味を含有することが注意される
      • B2 「意志」はウズに、「命令」は命令形に置換される
  • ベシの否定について、
    • ベカラズは、禁止の場合にナーソ、ーナ(特にバシが共起しやすい)、否定~命令形など、否定推量の場合はマイに
  • 以上、ベシの多義性が異なる形式で分担される萌芽が、毛詩抄にも認められる

hjl.hatenablog.com

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雑記

  • このページ好きすぎ

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